― 人魚の恋 ―





「……あなたが僕の事を好きじゃないのはわかっているんですよ?」



青白い顔をした恋人のをじっと見下ろしながら少年は呟いた。

呻くように彼の口から漏れた言葉はするりと白いカーテンの揺れる保健室の窓から外へと流れていき

まるで絶叫でもしているかのような蝉の鳴き声に彼の声は阻まれ消えていく。


――誰にも聞かれないのだ。

聞かれなければそれは彼の言葉にはならない。

ならなければ、この関係は誰かが咎めることもなければ、疑問に思うこともない。

彼女はあくまで自分の恋人であり続ける。

だが、もういっそこの声を聞いて彼女と自分を弾劾してくれたらいいのに、とも思う。

どう言ってもいい。

たとえば、『恋人』という偽りの関係を続けるなんて愛に対する侮辱行為だと。

たとえば、そんな不毛な恋はやめてしまえ、と。

そうすれば自分もこちらを向くことを頑なに拒否している彼女を今すぐ切り捨てることができるのに。



「いつか誰かがあなたを攫っていってしまうんじゃないかと思っていたんです」



まさかこんなに早いとは思ってなかったんですけどね。



と続ける彼の言葉を相変わらず眠ることで拒む恋人の頬をするりと彼は撫でた。

滑らかな頬の冷えた感触に彼は少女が徐々に病んでいってるのを感じた。

どうしてこうなってしまったのだろう、と何度も繰り返す問いに彼女はおろか自分自身でさえ答えることはない。



彼女といると幸せを感じていたはずなのに。

いつからかその幸せの中に小さな疑問が沸いてしまった。



『彼女は誰を見ているのだろう』



そう気付いたのは自分が彼女をずっと見続けていたからだ。

出逢ってからずっと彼女を見てきた。

3年という決して短くはない時間の中で少女は誰と付き合うこともなかった。

だから、もしかしたらという希望を抱いてしまった。

そして彼女は自分の手を取った。

きっと、彼女は自分を好きになってくれる。

そう思っていた。

だが、ここにきて、彼女は変わり始めている。

自分が望んでいた方向とは逆に。



触れていた手を離して彼は悲しげに微笑んだ。

ともすればまた伸ばしてしまいそうな手をぎゅっと握ることでこらえる。



「……もう、解放してあげますよ」



彼女が自分の開けた籠から出ていくかどうかはわからない。

もしかしたらそれでも逃げずにその場所に留まるかもしれない。

だが、自分の籠の中が一番穏やかに過ごせる場所だとわかっていても、彼女はきっと出ていくだろう。



それが守村の好きになった彼女だから。



「だから、もう一度笑ってくださいね」



守村が好きになったきっかけは彼女の笑顔だった。

だが、自分と一緒にいることでその笑顔が消えてしまうのなら。

もう一緒にいることはできない。





「ん……」



彼女が眠りから覚めようとしている。

苦しげに眉をひそめながら簡素なベッドの上で身じろぎをして。

眠っている時の穏やかな表情が険しくなっていく。



「はじめましょうか」



僕に芝居の才能なんてないと思いますけどうまくできると思うんですよ?

なにせ、相手の望むように演じるだけなんだから。



「守村、君…?」



かすれた声が二人きりの保健室に響いた。

泣きたくなる自分に言い聞かせながら守村は微笑んだ。






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