桜が七分咲き、そんなニュースを見たのは今朝。
確かに街灯に照らされる桜はたくさんの花弁をつけてる。 今年は開花が少し遅いみたいだから、入学式でもちゃんと咲いてくれてそう。 まあ、あたしたちは入学じゃなくてただの新学期だけど。 「綺麗やな」 あたしの視線に気付いたのか、たまたま同じことを考えてたのか隣にいた蔵ノ介がそう呟いた。 ミルクティー色の髪の毛に、整いすぎと言われる顔、真面目で品行方正という言葉がピッタリの彼。 「ホンマや、今年もようやく咲いたんやな」 同じように桜を見上げたのは、逆隣を歩いていた健二郎。 蔵ノ介よりもさらに高い身長に、また系統は違うけど端正な顔立ちを持ち、同じく真面目で模範生とも言われる彼。 そんな白石蔵ノ介と小石川健二郎はあたしの幼馴染。 同じ小学校に通い、不思議な縁でずっと何度も同じクラスになり、仲良くなった。 二人とも優しく、頼りになる大切な幼馴染。 そして現在は四天宝寺テニス部部長と副部長、マネージャー。 小学生の時からテニスをしていた蔵ノ介と、彼に誘われてテニス部に入った健二郎。 元々誰かの世話をしたりするのが好きなあたしがマネージャーになるのも必然的なものだった。 あれから二年、三人で居たあたしたちの周りにはたくさんの仲間ができた。 特にレギュラーの謙也、ユウジ、小春ちゃん、銀さん、光とは共有する時間も増えて。 部活以外でも遊んだり、ふざけたりする毎日が大好きだ。 それでもこうやって三人で帰る日がポツポツある。 役職上仕事が長引いてってこともあれば、みんなが気を使ってって言う事もある。そう、今日みたいに―――― 『九州二翼の一人、千歳が転校してくる』 そうあたしたちに言ったのは顧問のオサムちゃん。 九州二翼の千歳、それですぐに彼を分かったのはあたしたち三人と小春ちゃんぐらいだろう。 実際あたしが見たのは去年の全国大会だけ。 四天宝寺は西日本で一番強いって言われてるけど、九州にも思わぬ伏兵がいるものだと警戒したから。 でもそれもその時だけで、結局彼ら獅子楽中を詳しく調べることはなかった。 普段は関西内でしか試合もないし。 だから当たるとすれば今年の夏の全国だと思っていて。 どういう経緯でその千歳が四天宝寺に来ることになったかは知らないけれど、部内に動揺が走ったのは間違いない。 同じような動揺があったのは、二日前のこと。 皆で帰ってる中、謙也が光にいよいよ先輩やなぁ、なんて話題を出した時。 いつもみたいに光からは冷めた感想が返ってくると思ってたのに、彼は珍しく言葉に詰まっていた。 「どうしたの、光?」 「いや…次の新入部員、多分知ってる奴入って来るんで…」 「光の友達?」 「友達、っちゅーわけやないけど…」 いつもズバズバと物を言う彼がここまで躊躇するのは珍しい。 気付けば全員が光を注目してて、光は少し困ったように視線を動かした。 「遠山金太郎っていうんですけど、なんていうか人間離れしてるやつで…」 「…それ、ここにおるメンバーをみても人間離れしてるって思うん?」 「いろんな意味で失礼っすわ、部長」 蔵ノ介に珍しく突っ込むけど、多分蔵ノ介は真面目に言ってる。 実際みんなもまあしょうがないか、って自分のことを棚に上げて思ってそうだし。 「せやけど、多分…アイツは部長たちもびっくりすると思う」 「そないえげつないん?」 「こないだ、東高の不良グループが喧嘩負けしたって噂あったでしょ?」 「あぁ、そういや…なんや20人ぐらい伸びとったって話しやけど」 「それ、遠山の仕業っすわ」 「「「は?」」」 「やから、体力もパワーも野生並みっちゅうーわけです。常識もあんまりあらへんし…」 「な、なんなん?不良?」 「不良ってわけやないです、ただのガキ。その件もカツアゲしてるん見つけてつっかかったって話やし」 光の話を聞いてると、どうやらその遠山くんは純粋無垢な子でありながら人間離れした体力を持ってるみたい。 いまいちどんな子か想像できないなと思いつつ、光が言いたいことはそう言う事じゃないって言うのは気付いてるから話を聞く。 光は毒舌だし、ズバズバ物を言うけど、気を使う人間だってことはみんな分かってる。 だからこそ核心までに時々遠回りする癖があることも。 「ほんで、その遠山くんが入部してくるん?」 「多分、テニス好きやし…強いし」 謙也の質問に一瞬光の真っ黒の瞳が揺れた。 どうやらここが終着点。 「強いってどのくらい?」 「分からん、けど関西では一番。下手したら全国でも…」 「そら、えらい強いねんなぁ」 謙也はそう笑った。 だけど、内心驚いていたのは分かる。 冷静で過小にも過大にも評価しない光の言葉だからこそ、それは多分事実で。 関西では一番、という言葉の裏にはここにいる誰よりも、という意味が見れたから。 こういうところが光の気を使う部分が見えるとこで、可愛いなと思うところであり。 だからこそ次に言葉を発するのは蔵ノ介だろうと分かった。 「財前がそう言うんやったら事実なんやろな、今年はまた期待の後輩が入ってくれて助かるな」 「ホンマにな。ただそいつが入部したら問題起こさへんようにせんとアカンわ」 「ま、実際会ってみな分からんしなぁ」 蔵ノ介の言葉に健二郎が乗る。 それに対して光が微かにホッとした表情を浮かべたのを見て、あたしは謙也に笑いかけた。 そう、その場はそれですんだ。 だけどその時見えた動揺も、微かな不安もあたしは見過ごしてない。 そして今日の千歳の件。 一番動揺して、一番気にかけてるのは、この両隣りにいる二人だということをあたしは知っている。 「不安?」 桜を見上げたまま、そう聞いた。 直球すぎるかもしれないけれど、この三人だからこそ聞けること。 それは役職上でもあり、幼馴染という付き合いの深さからであり。 「それはどっちに聞いてるん?」 「二人とも」 即答すれば蔵ノ介が苦笑した。 健二郎は口を開く様子がないから、答えるのは蔵ノ介だろう。 その予想はすぐに当たって、苦笑を消した蔵ノ介は真面目な顔をして言葉を紡ぐ。 「うーん…正直不安やないっていうたら嘘や」 「どういう意味で?」 「新入部員が入ってきてまた部活体制作らなアカンし、千歳と遠山っていう既に頭角出しとる奴もおるし…」 「そうだね。多分…蔵ノ介の苦手なタイプみたいだし」 蔵ノ介の苦笑が再び浮かぶ。 テニスだけじゃなく人としても完璧だと言われる彼の苦手なタイプを知ってるのはごくわずか。 レギュラーたちはきっと気付いているだろうけど。 「また偉い才能持っとる奴らみたいやからなぁ…千歳の実力は全国区、去年以降を知らんからはっきりは分からへんけど多分ごっつ強い」 「遠山くんも凄いみたいだしね、あの光がああいう言い方するぐらいだから…」 「ホンマ…四天は才能の集まりやな」 個性だけじゃなくてテニスプレイも多才な面を発揮する人が多い四天宝寺。 謙也のスピード、小春ちゃんの頭の良さ、ユウジのモノマネ、銀さんのパワー、そして天才と言われた光。 これだけの才能の持ち主が集まるのは凄いことだと思う。 それに対して、この二人は少し系統が違う。 もちろん才能はあると思うけど才能型というよりは努力型。 だからといって二人は才能ある皆を羨んだり嫉妬したりはしていない。 寧ろ居てくれて助かる、大切な戦力だと。 そんな部活第一の二人だからこそこの役職に就いているんだろうけど。 それでも蔵ノ介はいつも才能ある人に若干の劣等感を抱いてる。 劣等感、は言いすぎかもしれない。 ただプレッシャーになってるのは間違いない。 部長である以上、負けるわけにはいかない。 実際みんなのその才能を上回る努力で、部活一強いのは蔵ノ介。 だけど――――。 「今年は…部内一ではおられへんかもな」 小さく呟かれたそれは、少し掠れた声で。 まだ会ってもいない彼らのプレッシャーを既に感じている蔵ノ介。 彼がこう言う人だと光も分かっててああいう言い方をした、気を使ってたけどそれでも内容は蔵ノ介よりその遠山くんが強いことを示唆して。 それは光の優しさだと思う。 きっと蔵ノ介に心構えができるように。 才能が劣っていても、努力で部内一で居ることが蔵ノ介を部長で居させている。 うちの部員たちはそうじゃなくても蔵ノ介が部長であることを望むだろうけど。 でも蔵ノ介はそう言う人だ。 だけど、きっと。 光の優しさを見ると、多分それは崩される。 蔵ノ介が不安に負けるんじゃないかという事が、あたしの一つ目の不安。 「大丈夫やろ」 「健二郎?」 「例えその新入部員がお前より強くても、部長はお前や」 「…分かっとる、けど…」 「安心しいや。俺らはお前が一番強いから部長やと思ってるわけやない、お前やから任せてるんや」 「………」 「そうやなかったら俺が副部長やってるんはおかしいやろ」 「、健二郎」 つい名前を呼んでしまったけど、続く言葉はない。 そういう気休めを、彼は望んでないから。 一番強い蔵ノ介が部長をやっていて、その事実が蔵ノ介を支えているけれど。 健二郎が二番目に強いかって言ったら、そうじゃない。 決して弱くはない、特別才能があるかといえば違うけど、オサムちゃん曰くセンスがある。 それでも実践成績はレギュラー底部。 「大丈夫や。部長が一番で無くなるより、副部長がレギュラーから落ちる方が話題になる」 「…お前、何言うて…」 「あぁ、最初から負ける気はあらへんけどな。ただ冷静に考えて一番のお前より上が出来てしまったら一番最初に降りるのは俺なんが現状やん?」 あまりに飄々と言うから。 一瞬きつく睨んだ蔵ノ介の視線も緩む。 本当は、みんなこの事が動揺につながったんだと思う。 遠山くんだけやったら良かったけど。 二人もレギュラー格が入ってきたら現レギュラーから誰かが落ちないといけない。 「もし俺らがこのままレギュラーでおれたらそれはそれでええ。もしもっと強い奴が現れてレギュラー落ちても、それは四天が強くなるっちゅう話やろ」 「……まぁな」 「俺はな、副部長になった時決めたんや。絶対、今年は全国優勝させるって。お前らと誓った」 「うん…」 「せやから、俺は精一杯戦う。チームが強くなるように、全国優勝できるように」 「あぁ…それは俺も同じや」 「ならええやん?真面目なお前やから不安になるなとは言わんけど、まだ出会ってもない奴に危惧しすぎや」 「…せやな」 そう言うけど、蔵ノ介の瞳から不安は消えない。 それは自分の不安じゃなく、多分目の前にいる健二郎への不安。 あたしも感じてる。 飄々としてて、みんなに平等で、優しくて、自分より他人を優先するのが常の健二郎だから。 誰よりも不安を一人で抱え込んでしまわないか、それがあたしの二つ目の不安。 それでも―――― 「蔵ノ介、健二郎」 「ん?」 「なんや?」 二人の不安はお互いが、そして周りにいるあたしたちがきっと消せる。 それが一番、うちの強みだってあたしは信じてる。 「あたしたちのスローガン、絶対忘れないでよ」 「……」 例えこの先レギュラーが入れかわっても。 頂点が部長じゃなくなっても。 ゆるぎないあたしたちの信念。 「勝ったもん勝ち、でしょう?」 それは冷たい言葉であり。 全員で掲げた、スローガン。 冷たいけれど、これがあたしたちの最大の強み。 笑う事が大好きなあたしたちの、信頼の証。 「分かっとる」 「当然や」 二人の不安が現実のものになる日が来ても。 きっと二人は大丈夫。 そう思える、自信を持った笑顔にあたしも笑い返した――――。 |
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