前髪が大分伸びた。それをかきあげて耳に引っ掛ける。
けれどふとした弾みにそれは零れ落ちて視界を阻むのだ。私とピアスの間を。
ちょっとしたことだ。意識しなければ気にもならないちょっとしたこと。
けれどそのちょっとしたことは彼にとってちょっとしたことではないらしい。
彼はそっと私の髪をかきあげる。



「髪伸びたね。切らないの?邪魔じゃない?そうだ俺が切ってあげようか?」
「ピアスに任せたら耳までなくなりそうだから遠慮する」
「俺そんなに不器用じゃないよ。多分、うまく切れるよ」
「私よりもピアス、ピアスの髪こそ切るべきじゃないかな」
「俺はいいよ。俺、帽子と同じくらいこの髪型気に入ってるもん」
「でも目に悪いよ」



頬を撫でて、顔の半分を隠している髪をかきあげるとそこにはもう一粒深緑の瞳がある。
擽ったそうに片目をすがめて、けれど嫌ではないらしく口元には笑みを浮かべる。


私はピアスに「目に悪いから髪を切りなさい」とは言ってるものの、それを強要しない。
きっと本気で切れと言えばすぐにでもピアスは切るだろうが、それを私は望んでいない。
何故なら他人には見せないピアスの素顔を私が独り占めできなくなるからだ。
小さな独占欲というものだろうか。


髪をかきあげて手を引っ込めようとするとピアスがそれを制した。
ぎゅぅ、と握って緑の瞳でこちらを見つめる。



「俺はね、この髪型気に入ってるから切らないけど、君は切らなきゃダメだよ」
「どうして?」
「髪が長いと君の顔よく見えないから。俺嫌だな、君の顔がよく見えないの」



強要はしないけれど、でもできたら切って欲しいな。
そんなことを言われたら髪を切らずにはいられなくなった。



鼠の理髪師
(どうして逃げるの?俺が切ってあげる!)(いや、それはちょっと)





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