「……普通逆じゃね?」

ぷすー。ぷすー。という間抜けな音を鳴らしながら膝の上で眠るミクに、ミクオは溜め息を吐いて彼女の柔らかな頬をグニグニ指先で押しつぶした。
「うむー」だか「うぶー」だか、よく分からない声を漏らしながらも寝続ける様にはいっそ感嘆する。いや言い過ぎた、感心するくらいに留めておこう。
そもそもどうしてこうなったのか。
毎度の如く春雪の日にミクの元を訪れたミクオだが、彼女の方もまだ花弁を咲かせている真っ最中だった。
両手を枝の方へと掲げてうんうん唸る様は傍から見ていると滑稽だが、彼女が真剣に取り組んでいるのをきちんと理解しているからからかう事はしない。
雪が降る程の寒さの中、桜の花を咲かせる労力は相当なもののはずだ。
今日のノルマ…と本人は言っていた…を終えたミクは、疲れた様子を見せつつもパッと顔を輝かせて飛びついて来た。
とっくの昔に慣れてしまった行為に、最近は苦もなく受け止める事が出来るようになったミクオに対し、自ら飛び込んで来たはずのミクをそのまま抱き締めると彼女は慌てふためいて彼から離れる。
僅かばかりイラッとして頑なに離さずにいたら、「クオくんのエッチー!スケベー!変態ーっ!」と叫ばれた事もある。俺達お互い好きあってるよな?解せん。
まあそんないつも通りのやり取りをして、桜の下でこれまたいつも通り2人並んで話していたらミクが少しずつ船を漕ぎ始めた。
「眠いのか?」「眠くない」「眠いんだろ?」「眠くないぃぃ」「あー、はいはい。おねむな」「子供扱いしないでよぉぉぉ」といった経緯を経て、何故か膝枕を提供する破目になった。やっぱり解せん。

「疲れてんのは分かるけど……あーぁ、間抜けな寝顔」

へらり、と緩んだ笑みを浮かべた寝顔を見下ろし、ミクオはつまらなそうにミクの桜色の髪を指先で遊ばせる。
口を開けばまだまだ幼さを感じさせるミクだが、寝顔までもがまだまだ幼い。
こういう時、普段は子供っぽいけど寝顔は大人びて見えるとかあるだろうに。逆もまた然り。

「そろそろ起きろよ、足痺れてきたんだけど」

答えは返らない。髪を弄るのも飽きてきた。
膝の上で寝られていてはキスも出来ない。
髪を弄っていた指先を頬に移す。さっきはグニグニと押し潰していた頬を指先で撫でて、つるりと自然なピンクの唇に指を滑らせた。
ぱくり。指を銜えられた。

「――――――――――――っ!?」

コンマ数秒の勢いで指を引き抜き、勢いで膝の上のミクの頭を盛大に叩いた。
途端に「いったぁぁぁああい!?」と頭を押さえたミクが眠りから目覚める。

「何するのクオくん!?」
「それはこっちの台詞だ!」
「訳わかんない!」
「分かられてて堪るか!」

身を起して頬を膨らませるミクに言い返してそっぽを向く。顔が熱い。溶けたらどうしてくれるんだ。
暫くミクオも顔を顰めて背けていたら、傍らから間近に顔を見つめられてさすがに居心地が悪くなりミクの方へと視線を向ける。
先程まで頬を膨らませて怒っていたはずなのに、今度はいったいなんだというんだ。

「…………何?」
「クオくんがそうやって慌てたりおっきい声出したりするの、初めて見たかもって思って」

そう言いながら、にこにこ嬉しそうに笑う。こういう所は悔しいけれど敵わない。
一人で動揺してるのも馬鹿らしくなって、ミクオは先程とは逆にミクの膝へと寝転がった。
「ひょあ!?」と色気のない声を上げて両手を右往左往させる姿を横目に見上げ、少しだけ満足して目を閉じる。

「ク、クオくんおねむなの!?」
「一緒にするな。ミクに膝枕してもらいたかっただけだよ」

そう言えば頬に当たる膝枕が熱を帯びたように感じて、今回はいつもより早く溶けてしまうかもしれないと危惧するけれど、離れ難い状況にミクオは小さく笑みを浮かべた。




『愛しているよ (簡単には言ってやらないけれど)
(ぷすー。ぷすー)
(どうして膝枕してる方が寝るかな……)



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