走り出したその背中に、サヨナラと言うにはあまりに簡単で…
本当に簡単すぎて、どうしても言う事が出来なかった。
忘れる事はどうしても無理そうで、離れていく相手に掛ける言葉を、未練がましく探している。
そんなに思っている相手を、どうして手放すのかと言ったら、もう良く分からない。
ただ言えるのは、こうして走り出す背中を見送っている自分がいる事実だけ。
些細な事の修正を怠って、今この現状があるに違いなかった。


『サヨナラにかける言葉』


「もう…行くけど…」

玄関から見上げる彼を、一段高い部屋の中で見送る。
そんな彼に興味も無いそぶりでタバコを吸いながら、「あぁ…」と言うのが精一杯だった。
年上だと言う自負の元に張る虚勢ほど、虚しい物は無いのかもしれない。
今だってすぐ触れられる距離にいる少年に、手を伸ばせずにいる。
こうしたいと思う欲求に素直に従えないのが大人なら、それは随分と寂しいかもしれない。
何か言いたそうに見上げる彼に、掛けてやる言葉すら上手く見つからない。
ただ見詰め返していれば、少年は居た堪れない様子で一度俯いた後、此方を見ずに口を開いた。

「あのさ…オレは…オレはさ…」

しどろもどろ言葉を探すように話し始めた彼は、所在なさげに視点を動かしながら、また口を噤んでしまった。
一歩も動かずにいる彼が、今にも駆け出してしまいそうに見えて、気が付けば引き止めるように先を促していた。

「…なに?」

咄嗟に発した言葉は随分と愛想がなく、我ながら情けなくなった。
そのキツイ返答に、少年は小さく肩を震わせ「ごめん。」と短く謝って、話を続けた。
その様子に胸を痛めたって、今の自分は「そんなつもりじゃなかった」と、言ってやれもしなかった。

「あのさ…オレは…ココ出て行くけど、何処へも行ったりしないから…」

何処か必死そうに此方を見詰め、何かを伝えようとしているのだけは痛いくらいに伝わってきた。
ただ、言わんとしている事が、言葉全てではない気がして意図を必死で探った。
分かるわけ無い彼の願いを、最後にどうしても叶えてやりたかった。
それがたとえ自己満足だったとしても、そうしてやりたいと思った。
でも、どうしたって酌んでやる事など出来そうに無い、見付けられなかった答えを思って返事を返す。

「…うん。分かったから」

一言、たった一言素っ気無く言った言葉に、目の前の少年は安心したように顔を綻ばせた。
いつもの様な笑顔ではなかったけれど、今の自分に向けられる物ならば十分過ぎる代物だと言える。
こんな最低な自分にそんな顔を向けてもらえた事が、今は嬉しかった。

「…そっか…ありがと。」

少し眉を寄せて、困ったように笑って彼は言った。
身体をずらして玄関に手をかけるその姿に、別れが来たのだと実感させられる。
ただ煙を燻らせるだけになっていた煙草は、もう限界まで火が進んでいて、床には灰が落ちていた。
吸う事も、消すことも出来ないそれを、限界が近づいて尚どうする事も出来ずに、持ち続けている。
さしても大切ではないそれはしぶとく手の中に残り、本当に大切なものは存外簡単に離れていく。
緩やかに訪れた終わりに必死になりそびれ、引き止める術も無くこうして見送る言葉をかけるのだ。

「…あぁ」

開き始めるドアを他人事のように見る。
当たり前に傍らにあった少年が、これから先傍にいないのが信じられずにいた。
ゆっくりと背を向ける彼を、焼き付けるように凝視する。

「じゃぁ、ばいばい…バルフレア」

振り返ると、少年は寂しそうに笑って別れの言葉を放った。
バイバイとかサヨナラとかそう言った言葉をかけるのが躊躇われて、小さく手を振って答えた。
言ってしまえば言葉は残るような気がして、言わなければもしかして…と、未練がましく期待しているのかもしれない。
お互いが納得した上の結果だとしても、思いが消えたわけではない別れは辛くないと言ったら嘘になる。
それでも、ことのほか身軽そうにドアの向こうに消えていった少年を見送ると、この理不尽な現状を招いたのは自分にも拘らず、何故だか自身が一番傷ついている気がして笑えた。
少年の消えた部屋には、いつまでも煙草の匂いだけが残っていた。



サヨナラ
バイバイ
またいつか…
僕が心から笑えるようになったら
その時は
君に笑顔を届けに行くよ。




…End


大好きだけどサヨナラなBV。
この度は、拍手ありがとう御座いました☆






.




何か一言ありましたら是非vv(拍手だけでも大喜び♪)

あと1000文字。