【ルビー】
語 源:赤を意味するラテン語のルベウス
象 徴:情熱・気品・勇気
日本名:紅玉
覚えているかな?
家の裏にある中央公園。
花壇に連なるサルビアの花を見ながら、君は得意げに僕に内緒話を囁いた。
「このお花は蜜が吸えるんだよ」
昆虫博士だった僕は反論した。
「蝶は口にストローを持ってるけど、人間にはないから無理だよ」
「ふぅん。ケンちゃんったら知らないんだ」
ちょっと馬鹿にされたような口調。
男のプライドが逆撫でされる。
まだ、馴染まない赤と黒のランドセルが足元に転がっている。
みんみんと響く蝉の声を聞きながら、女の子ってどうしてこう、もったいぶった言い方をするのだろうと唇を尖らせた。
小さな指がそっと花に伸びる。
桜色の爪に視線が奪われる。
「はい、召し上がれ」
すっと横向きに引き抜いた長細い花の一部を差し出してくる。
戸惑っている僕に君は、お手本を見せてくれた。
ちゅう、ちゅう。
美味しそうに目尻を下げてみせる。
僕も受け取ったものを口に含んでみた。
ちゅう、ちゅう。
…イケル。
思わず、次々と引っこ抜いて口に咥えていたら…
ちくっと、唇に鋭い痛み。
「てっっ!」
思わず、ぺっと吐き出した。
足元に転がった花から姿を見せたのは、蟻んこ一匹。
噛み付かれた。
ちりちりと唇の先っぽが痺れて、襲われた衝撃に涙が込み上げてくる。
だけど…
べろんっ。
「はい、消毒したから大丈夫だよ」
君はそう言うと、再び差し抜いた花を僕に手渡してきた。
一体何が起こったのか…
混乱した僕は、花壇の前でサルビアを吟味する小さな背中を、汗を拭いながら見詰める事しか出来なかった。
トレードマークの三つ編みが揺れている。
「ねぇ、知ってる?こういう花をルビー色って言うんだよ」
「…赤じゃ…なくて?」
気が動転して途切れ途切れに答える。
「だって、イトコのお姉ちゃんが教えてくれたんだもん。
今度の土曜日にねケッコンするんだって。それでねルビー色の綺麗な指輪を貰ったの」
「指輪?」
「うん。男の子は指輪買わなくちゃお嫁さん貰えないんだよ」
…お嫁さん…
再びちりちりと痛み出した唇にそっと指を添える。
ルビー・ルビー・ルビー…
不思議な響きを添えて、その言葉は僕の記憶に埋め込まれた。
大人になった僕が、クリスマスソングが響く慣れない店中で、
ショウィンドゥに並ぶ石ころを眺めながら、こんな昔話を思い出したのは、また別の話…
【THE END】
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