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「戯れに」
(岩戸渡皇子、雨洲主良皇女)



「じき、夏が訪れるのだね」

窓の外を眺めて、何ともなしに雨洲主良皇女は言った。
美しい皇女の瞳には房室に面した庭の桜が映っている。もうほとんど花などついてはおらぬかわりに、青々とした葉が茂りつつそれを見つめて、隣からほう、と溜め息が漏れた。また、寸分間を置いて耳に心地よい声が応えた。

「うむ。その前に、また雨の季節がくるのだがな」

雨洲主良皇女は、つ、と眉と眉の間に皺を作った。

「雨は嫌いだよ、従兄上。わたくしは退屈が嫌いだもの」

「これ、お転婆娘よ。そなたには雨くらいが丁度よいよ。雨が降ればそなたはじっとしておらねばならぬし、そうすればわたしも心安らかに過ごせる」

にやり、と岩戸渡皇子は意地の悪い笑みを口元に貯めた。それに反論するかのように従妹君が「何を」と口を開いた。

「わたくしの取り柄が無くなれば、従兄上はきっと寂しくおなりになるに違いないよ。あなたは落ち着き過ぎるから、わたくしがあなたの肝を冷やすくらいで丁度良いのだよ。お分かりになっていないの?だから雨など降らずとも良いのに」

にやりと、一度はやり込めた、としたり顔だった岩戸渡皇子に今度は皇女が妖艶に笑みを濃くした。

「なあ従兄上、雨が降れば、きっと遊びにいらして、わたくしの相手をするのだよ。でなければ、わたくしは退屈で死んでしまうよ」

しばらくまじまじと皇子が彼女を見つめるが、それにも構わず妥協などする様子すらない。今度こそ、呆れた風な溜め息が彼から聞こえてきた。あからさまに、しょうがないと諦めを含んでいるものだった。皇女はその答えにただただ美しく満足げに口元を綻ばせた。
それはまさに、既に散った桜の花にも勝る美しいものだった。




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