「厄介な連中」 今年の芙蓉学園中高等部の生徒総会は、いつにも増して、ざわついた始まり方をしたものだ。 3年生の副会長に山野辺遥香さんというセレブ系の美女がいて、2年生の会計にカッコイイという雰囲気の狭山結花がいる。 遥香さんの司会っぷりに、彼女のファンがキャーッとなったかと思えば、運動部の決算報告で結花が登壇した際には、中学生が妙に多い結花ファンが盛り上がる。 今の3年生にはもうひとり、バレー部で、卒業後のVリーグチーム入りが決まっている宮沢香穂さん(こちらも、「春の高校バレー」のテレビ中継で、全国からファンレターが来るほどになった実力ある美女だ。おかげで公式戦に妙に男性ファンが目に付いた)もいるから、うちらの1年上には、結花とは違った方向に華のある先輩方がいたわけだ。 だから。 今年の夏、バレー部の1年生のホープに取材に行った帰りに、1年生がよく使うトイレに入っていたら、嫌な言葉を耳にしてしまった。 「結花さまの親友があんなヒトだなんてちょっとムカつくよねえっ」 「せめて山野辺遥香さまくらい並外れた方なら諦めがつくのに、なんで田中さんなんだろうね」 自分が噂になってるよ! 結花も、帰国子女の、ちょっと抱きつき魔的なヤツで、背後から私に手を廻しているということがけっこうあるからな。 「なんか英語の高井先生にいちゃもんつけて泣かしたらしいよ」 それはあの先生が論理的に通ってないことを言ったから指摘しただけだっつーの。 過去にもこの手の話はあったから、あたしは若い先生にはやりづらい生徒NO.1としてブラックリストに載っているとかいないとか……という件は、新聞部の先代副部長・頼子さんから入ってきた話だ。 「こわーいっ」 あんたらなあ。 集団であれだけ騒いで、あの結花を怯ませてるくせに、よくそんなことが言えるよなっ。 ウチの学年はけっこうドライなヤツが多いから、あたしみたいなのでも居心地が良いけど(それでか知らないが、理系進学希望者の多さが、前例がないほどで、通常1学年にひとクラスなのに、ウチらの学年だけ2クラスだとも聞いた)。 「その点結花さまは素敵よねえ、私たちなんかにも優しいし」 あんたらは上手く扱わないと、あることないこと噂流されかねなくて怖いからだろうが。 女ばかりの世界で女の子にもてるのって、男がハーレム作るより大変じゃないかと思うことが、こいつらから想像できるよ。 年が明けて春が近づいて。 「透子ぉ、助けてえ!」 「亜矢ちゃーん、あいしてるよぉ」 「胸触るとかまではしないんだから許してやんなって」 「ひでえよお!」 新聞部室に3人揃うと、いつもこのかけあいが始まる。 奇妙だが、これはけっこう当たり前の日常ではある。 新聞部でならまだ良いのだが、他所でこれをやられると、冷たくて怖い視線を浴びるから、尚更嫌なんだよね。 特に先に話題に出てきた、結花のファンの後輩どもの(正直、ああいうのは後輩だと思いたくないけど)。 だから、マシなはずの新聞部室でも、結花にこれをやられると、即抵抗するのがいつものこと。 結花は本当に、ここ芙蓉学園中高等部じゃ人気者だからなー。 長身に切れ長の瞳・黒髪を肩より上のボブカットにして、なのに堅苦しさを感じない生徒会会計。 あたし・田中亜矢は茶色の変にやわらかいくせっ毛で目がでっかいが、銀縁メガネにチビで少しぽちゃ体型。 なんであのひとが結花さんの親友なの、というやっかみを浴びまくっているのあ記述の通り。 傍観者を決め込んでいる井沢透子は、けっこうシャープな雰囲気だが、彼氏ひとりとお兄さんふたりと弟さんがひとりいて、男性問題で悩んでいる生徒の間では良きオーソリティだったりする漫研部員。今日も学校新聞に載せるカットを持ってきたのだ。 なぜか、あたしも含めたこの3人、親友同士である。 昔読んだ漫画に、アイドル同士で親友・親友のが人気がある、というケースがあって、作者さんが「人気アイドルが自分の親友って嬉しくない?」とあとがきで書いていたことがあるが。 これが女子校の場合は、大変難儀で疲れるポジションだということがわかって早いもので2年を過ぎた。結花は14歳の誕生日を過ぎる頃から、妙に背が伸びて雰囲気が少し変わったんだよね。 あたしと結花は寮生でもあるのだが、寮で同室だということも、なるべく知られないようにしているのだ。 あたしが結花にひっつかれているのを見て、怒るのではなく、喜んでいる連中もいるのだが。 彼女たちに1度、寮でも同室だということを教えたところ、あたしたちを漫画に描いて同人誌にして即売会等で売っていたというので、うるさ型の先生にバレる前にやめさせたということまであった。 漫研では透子の目が光っているのだが、この時ほど、あいつが漫研所属だということをありがたかったことはない。 彼女たちとは協定を結ぶ羽目になるし、ああ、やれやれだわ。 身長差が20センチ近くあるのでちょうどいいところに頭がある、といわれたら確かにその通りだけど。 今日も部室で古いノートパソコンに向かってたわー、と左手で右肩を揉みつつ、寮に帰るために下駄箱を開ける。 靴の中になにか入っている場合が、週に2回くらいあるので、靴を出してから逆さに振ってみたら、画鋲がゴロゴロと落ちてきた。 はー。 おっとり暮らさせてくれよ、ったくよぉ。 「おーい、亜矢ちゃーん」 「なに?」 結花が妙な猫撫で声で話しかけてきた、寮の夕食の終わった自由時間時(この間に入浴を済ませなくてはならない)。 「険があるなあ、もっと普通に話せない? って言われない?」 「あんたのその口調が薄気味悪いからさ」 「言うよねえ。これからお風呂入ってきたら、肩揉んであげるけどどう?」 いつも絶妙のタイミングで肩揉み申し出てくるんだよね、こいつは。 家事の当番を忘れて花やケーキを買ってくる馬鹿亭主かっつーの。 でも。 「甘えるわ」 「じゃあ先に風呂行っといで」 「はいよー」 あたしはお風呂セットと着替えを持って、部屋を出た。 寮の廊下を歩く際、パジャマの上に羽織るものは必須。夏の風呂上がりは普通のTシャツ着用という不文律がある。 羽織る用のカーデを持って、あたしは部屋を出た。 「お客さん、相変わらず凝ってますね。今日の力の入れ具合はこんな感じでいかがっすか?」 ぎゅっぎゅっと、あたしの肩を揉みながら、結花があたしに話しかける。 「も少し強くてもいいや」 「亜矢ちゃん目が悪いからねえ」 あたしがこう言うと、また少し肩に与えられる力が強くなった。 痛気持ちいい感覚がやってくる。 リラックスできるよなあ、マッサージって。 いくつだと思われそうだけど。 「あんたと違ってムネもそこそこあるし?」 「ほんとにもう……ねえ亜矢ちゃん」 「なによ」 「首そのままでね。ごめんね」 「今更何を謝ってんの」 「あたしと友達になったばっかりに毎度嫌な目に遭わせて」 「本当にねえ。いじめられっ子と友達になったばっかりに、いじめのターゲットになるという話はよく聞くけど、女子校のアイドルと仲良くしてるせいで、後輩どもの大奥から高校入学後ずっと嫌がらせを喰らい続けるとは思わなかったわ」 「なまじ中高一貫校だから3年下とかにもうるさいのがいるしね」 でもさ、と続ける。 「それさえなければあたしに抱きつかれるの嫌じゃないでしょ?」 「……」 実は外れてイナイ。 あたしは、家族の絆のようなものをよく知らないで育っている。幼い頃からどうにも実家に居場所が感じられなくて、中学進学時にはわざわざ遠くから、寮があるという理由で芙蓉学園を受験したくらいだ。寮があって地方でもそこそこ通りの良い学校で、あたしの学力にいちばん合っている学校だったから――これでも成績だけは結花より1ランク良くて、だいたい学年ベスト5、時々トップも取っているのだ。 そのせいか、純粋培養お嬢さまが多いと言われる芙蓉の生徒にしては可愛げがなく、先生方にもやりにくいと思われているようだ(というのは早い段階で書いたか)。 誰かにハグされたり、頭を撫でられたりすることが心地良いことだとは、結花によって知った。 けどそれは、悔しいから、もうすぐ丸5年になる長い付き合いの中でも、教えてやってないことだったりする。 「今日はそのまま寝ちゃっていいよ。疲れたでしょ?」 「勉強もあるからなー……」 もうすぐ高校3年生になるあたし達。 結花のファンの娘達に、神経をすり減らされている場合ではなくなってきているのだ。 「ああいう追いかけ方をしている限り、あたしがあの娘達の誰をも、あんたより大事だとは思わないから」 うっ。 殺し文句だわ。 「ファン心理で近付いてくるヒトはさ、あたしがほんのちょっとでも『そのヒトのイメージするあたし』から外れることをしたら、そのヒトはあたしから去っていくじゃない?」 またこの台詞が出た。たまに彼女が言う言葉。 「でも、あたしを好きと言ってくれるのは嬉しいからね。あなたは好かれてますよと言われるのって有難いじゃん。 ひとにはさ、厳しいこと言うひとと甘いことを言うひとと両方必要なんだよね」 結花は結花で、小学5年生の秋にイギリスからこの街に来た帰国子女だから、クラスで浮きまくって、芙蓉を受験した時も不安でいっぱいだったらしい。 (ちなみに、中2の時に両親がまた、仕事でイギリスに住み始めたので、寮であたしとルームメイトでもあるのだけれど)。 「中学受験の時に消しゴム忘れた時、どうなるかと思ったけど、亜矢ちゃんが切って分けてくれたから乗り切れたんだよね」 というのが今に至っている。あたしに懐いている理由。 もうひとりの透子は男兄弟に囲まれている分なにかとドライだからか、女子社会ではなかなか苦労が多い。彼女は家庭には何も問題がないけれど。 ある意味ウチら3人、ハズレ者トリオ。 「似たもの同士だよね、あたしたち」 「なにか言った?」 あたしははぐらかす。 「明日土曜じゃん。透子が夕方ヒマだったら、呼んでお茶会しようよ」 「いいね。 亜矢ちゃんあんた、ちょっと目がとろんとしてるよ。透子にはあたしが電話するから早く寝な」 と言って結花は、机の上から携帯電話を出した。 芙蓉学園の場合、仲良しグループがいると、そのうちひとりが携帯電話を持っていて、仲間の親はその子の携帯番号を知っており、外出している娘に連絡を取りたければまず同じグループの携帯所持者に、という習慣がここ数年で出来ている。 余談だが、透子の後輩のある姉妹が、家電のコードをネズミにかじられた際に申請して持ったプリペイドを、そのまま使っているという話には申し訳ないが笑ってしまったけどさ。 「もしもし、井沢さまのお宅でいらっしゃいますか? いつもお世話になっております芙蓉学園の狭山と申します、夜分恐れ入りますが透子さんをお願い致します……」 さっきの猫撫で声と似て非なるよそ行きの声で、透子を呼び出してもらってる。 「あ、土曜大丈夫? やった。亜矢ちゃんを出せ? ダメダメ。おねむで今にもオチそうだから電話出られない。 だーいじょうぶ。亜矢ちゃんが言い出しっぺなんだから。 はいはいおやすみ」 透子は、結花と電話であたしの話になると、気遣いモードになるようで、結花はいつも最後にはこんな口調になっている。 「透子大丈夫だって、楽しみだな」 「うん……」 透子がOKだと聞いたあたしは、結花に寄りかかったままオチていった……。 4年か5年ぶりにWeb拍手導入しました。「少女十色」で私が書いた作品には、このショートストーリーに出てきた2人が出ておりますので、読みたい方はお声かけかくださるか、イベント会場で会いましょうw 中央寄りを右寄りにできないものかなあ、というのは、懸案事項ですね。 今後とも「『ざれごと寝言大事なこと』日記#2」をよろしくお願い致します。 かよこ |
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