★520センズの日を祝って・・・ 返済 告白なんてガラじゃねえ…―――。 そして出来るような相手でも無かった。 だからその時はただの偶然でしか有り得ない些細な事が、ちょっとだけ嬉しかった。 「兄さん、なにしてるの?」 窓枠に座り兄のエドワードはさっきから、小さな音をずっと立てている。 「・・・え?」 そんな自分の行動に気づいていなかったのか、怪訝そうにアルフォンスの方を向いて来る。 「・・・さっきからずっと小銭投げてるでしょ? 行儀悪いから止めなよ」 手の平でチャリチャリと鳴らしているのは、数枚の小銭らしい。 お金で遊ぶなど母のトリシャが見ていたら、コツンと頭を叩かれて怒られてしまう。 「・・・」 アルフォンスに言われて、エドワードは自分の手の平に出しているものをじっと見つめる。 どうやら無意識でポケットから出して、もてあそんでいたようだった。 ハァ…とため息を1つ吐き出すと、エドワードはその小銭をポケットに仕舞って、アルフォンスの手伝いへと立ち上がったのだった。 +++ その語呂合わせを教えてくれたのは、砂漠を越えてやって来た正真正銘の皇子さまだった。 「エド、お金ヲ貸してくれ!」 「お前なぁ~…、どこに庶民に物乞いする皇子が、この世に居るんだよ!」 「ココに居るだろ? 持つべき者が持たない者をたすけル、これがシン国のルールだから、 全くもんだいナイ」 「ここはアメストリスだって・・・」 ぶつくさ言いながらも財布を開ける。 「で、いくら要るんだよ」 「エドの持ってる分だけでいいゾ?」 どうやらリンの目的は、直ぐ横の露店で売っている食べ物らしい。 「おら!」 財布の小銭のポケット手の平に全部出して、好きに取れるように突き出してやる。 「やっぱり、持つべきものはカネを持つ友だネ」 「んだよ、それ!」 不満気なエドワードに構わずリンは手の平から要る分を取って買いに行った。 ちゃんとエドワードの分も買ってきたリンと、広場の端に腰を掛けて露店の商品をぱくつく。 「俺の国では心を誓い合った者達は、決まった金額を貸し借りする風習がアルんだヨ」 「貸し借り~?」 心を誓い合ったとは恋人同士だろうか・・・、なら金銭の貸し借りは良くないのではないだろうかと思いながら、話を聞き流して行く。 「ここの金銭単位なら520センズ、シンの単語に直すと『アイシテル』に発音が似てるらしくて、街の若い者の間で流行ってるらしいヨ」 「ふ~ん・・・」 その時は特に興味も関心もないまま、本当に聞き流して終わった話だった。 部屋に戻って灯りも付けないでポケットを探る。 それを眺めるのは、もう習慣のようになってしまっているのだ。 使いもしなかった小銭を、見え難い暗い室内で見つめる。 「返しに行くにしても、ずっと先になるよな・・・」 その時にはこんな小銭では口実にもならなくて、会う事さえ出来なくなってるだろう。 (それでいい…、そうやって記憶はきっと薄れて行くのだろうから…) そう思っていたある日。 「・・・兄さん、僕に何か隠し事してない?」 神妙な顔でそう尋ねてくるアルフォンスに、エドワードは大きく首を傾げる。 「いきなり何だよ?」 思い当ることが無いエドワードにしてみれば、アルフォンスに聞いてみるしかない。 そうするとスッーとテーブルの上に1枚の封筒が差し出される。 「手紙?」 手に取って見ればどうやらエドワード宛の様だった。 「……催促状?」 ―― reminder ―― と大きく書かれている不穏な封筒を、エドワードは封を切って中を確認する。 「なんだこの金額は!!!」 有り得ない請求額に驚きの声を上げるエドワードに、アルフォンスも身を乗り出して覗き込むと、同じような大声を上げた。 「に、兄さん! いつの間にこんな大金を使ったんだよ!!」 「使ってねぇよ! ってか借りた覚えもないって!」 こんなゼロが行列のように並んでる金額自体、滅多に目にするものでもない。 貸付先の名前も全く心当たりがなく、これが振り込み詐欺かと考えていると。 「ん?」 余りに最後の金額の表記が大きくて見過ごしていたが、上の方に小さく書かれているのは元金だ。要するに最初に借りた金額・・・。 「あのやろぉぉ…―――――」 書面を持つ手が小刻みに震える。 「兄さん、やっぱり心当たりが有るんだね!」 アルフォンスも知らない間に、どこか世間ずれしてるエドワードのことだ、ほいほいと妙な物を購入していたり、サインさせられていたりしたのかも知れない。 「――――― 心配ない、こんなのは無効だ」 「で、でも・・・」 何やら書面の下には、重々しい発行元の証明印まで捺されているようだが。 「・・・電話してくる」 ガタンと席を立って電話の有る部屋へと向かったのだった。 ――― ジージー ―― と回線音が耳につく中、怒りではない動揺で胸がバクバクいっている。 ダイヤルを回し終わり呼び出しに切り替わる瞬間には、聞き覚えの有る声がエドワードの耳の中に流れ込んでくる。 『届いたかな?』 エドワードが掛けて来ることを予想していた問い掛けだ。 「あ、あんたな! 妙な冗談を送り付けてくるなよ! アルフォンスが驚いてたじゃねぇかよ!」 勢いで一気にそこまで文句を言うが、電話の向こうの相手は小さく笑って。 『冗談なわけがない。ちゃんと公的証明印も捺して有っただろ?』 確かに捺して有った。あれはエドワードの記憶が間違ってなければ・・・。 「あんな軍の許可印なんて、一般人の俺には関係ねぇよ」 『おや? 知っていたか・・・』 別にエドワードにバレていても気にならない口ぶりだ。 「前にハボック少尉が前借してた時に見たから・・・。 大体、あんたに借りた金額なんて520センズだろうが! あの金利自体違法だ」 『違法も何も…―――― ちゃんと確認してから、もう1度電話して来なさい』 「え? おいっ!」 そう言うと相手は容赦なく通話を切ってしまったのだった。 「ちゃんと確認しろって・・・」 書面をもう1度広げて読み直してみる。 「あれ・・・?」 てっきり借金の明細かと思ったが、どうやらこれは何かの購入書の詳細らしい。 520センズの手付金で購入した商品の、残りの支払いを命じるものだ。 そしてエドワードが手付で購入したと思われる商品は。 エドワードはもう言葉も出せないまま、その商品欄を凝視する。 「…―――」 音にならない言葉を唇が紡ぐ。 ――― 『Roy Mustang』 ――― 「は、ははは…――― 自分で優良物件とか注釈入れるか?」 そんな照れ隠しの悪態を吐くが、そのエドワードの表情は真っ赤だった。 そのタイミングを見計らったように電話のベルが鳴る。 「――― はい…」 『どうかな、ちゃんと確認してもらえたかな?』 「した」 『返品可能な期間は過ぎているんで、君に買ってもらうしかないがね。 エドワード・・・返事は?』 からかうような口調の中に見え隠れする真摯な願い。 喉に嗚咽が込み上げてくる。 すぅっと息を吸い込んで、エドワードは震える声で返事を絞り出す。 「安すぎだろ、あんた・・・」 表記された金額は高額だったか、ロイ・マスタングと云う男を買うには安すぎる。 エドワードは生涯を掛けて返済をすることを、彼に誓うのだった。 ★520の日にちなんでvv |
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