アネモネ
彼らしくなく酔っていた。
躾のいい猫のように韋護に体をすり寄せてきて、いつもより手入れの行き届いた綺麗な頭を肩にのせてよりかかった。
「珍しいな。酔ってるのか?」
「僕はアルコールでは酔わないよ。この雰囲気に酔っているのかもね。とっても気分がいいんだ」
楊ゼンは何がおかしいのかクスクスと喉をならして、さらに体重をかけてた。
「けっこう重いんですけど」
「いいじゃない、君は体格いいんだから」
しばらくの間、まくら代わりになってよ。と甘えた声で言われてしまえば、めったに人に甘えることのない彼の願いだ、韋護は従わざるをえない。
体を預けたきり、眠るわけでもなくぼうっと杯の赤い酒を見つめている楊ゼンは韋護のことを全く気にかけていないようだった。
言葉通り、枕代わりになっているなぁ、と少しアルコールの影響を受けている韋護は呑気に構えて、これと似た光景を見た昔を思い出した。
あぁ、そういえばまだ封神計画中だった頃もこのようなことがあったかもしれない、と。
楊ゼンはアルコールで酔うことはない。体質なのだという。だが、酒の味は好きなので酒宴では人並みには飲むのだ。
太公望はすこし性質が悪く、酒の味ではなく酒に酔うこと好きで、そこまで酒に強いわけではないくせに大量に飲むのですぐに酔っぱらって中年オヤジのように周囲によく絡んだ。酔ったことのない楊ゼンはその様に憤慨しつつも、悪酔いした太公望の相手をよくしていた。
そんなことを繰り返していたある日、楊ゼンが酔ったのだ。
あの時も今と同じように彼は自分の肩に頭を預けて休んでいた。君は体格いいから、壁代わりになっていいよ、と今よりもひどいことを言われたような記憶が韋護にはあった。
「酔っぱらうって、面白いね。なんだかふわふわして気持ちがいい」
目尻を赤くして楊ゼンがさらに韋護に体を寄せた時だった。
「絡むなら、ワシにせよ」
明らかに機嫌の悪い声で太公望が楊ゼンに呼びかけた。
絡んでいるという意識のない楊ゼンは、かわいらしく首を傾げた。
「絡んでなんてないよねぇ?」
舌足らずな口調に上目遣いで同意を求められたら、韋護は頷くしかない。
「あぁ、もう。お主は!」
苛立ちを隠しきれない太公望のうなり声が聞こえたと思ったら、そのまま楊ゼンをひっぱって、二人は部屋を出て行った。
あの後、太公望と楊ゼンを見かけた者はいなかった。
そして、封神計画のなにもかもが終わったいま、ここに太公望はいない。
韋護を枕代わりにしている楊ゼンを連れ出してくれる者はついぞ現れなかった。
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