初心な瞳と妖艶な香が矛盾している。



白檀



調子が悪い。

目覚めが悪かったし、食欲も無い。何より寒い。

俺は障子の隙間から入ってきた風に、思わず身をすくめた。

さっきから目が霞んで書類の文字もろくに読めない。

「辛いな・・・」

昨日の徹夜が祟ったのだろう。

徹夜といってもただの逢瀬だ。

離れがたくて一晩中、あの子とくすぐり合って、突付きあってふざけていた。

恋人同士が同じ褥に収まっているというのに、昨夜は何もしなかったな。

まるで子供の戯れのようだ。いつ俺はそんな純真な心を取り戻したんだろう。

こんな時勢だってのに、幸せなもんだ。

そう思い苦笑すると同時に、欠伸がこみ上げてきた。

きっと朽木も今頃眠いに違いない。

仙太郎と清音は現世へ遣いにやった。当分戻ってこないだろう。

この文書に判を押してから・・・いや、もう睡魔に耐えられない。

火鉢の中の炭が爆ぜた。遠くのほうで誰かの足音が聞こえる。

隙間風が、かすかに白檀の香りを運んできた。

あの黒髪に染み付いて、いつも俺を惑わせる。そんな罪作りな香りが。



ふと目を覚ますと、俺はいつの間にか布団の中にいた。

障子の隙間からは夕日の光が差し込んで、なんとも風流である。

俺に詩人の筆があればこれを歌に詠んだのに。

それにしても温い。心地よくてまた目を閉じる。

こんな締りの無い隊長でごめんな、俺は心の中で隊員たちに謝った。

「う、浮竹隊長?」

思いがけないところから声がした。驚き、飛び上がって布団を出る。

見れば、自分が寝ていた隣に、誰より愛しい少女が横たわっていた。

「朽木っ!どうしてここに!」

朽木は眠そうにしていた目を我に返ったように見開いた。

「す、すみません・・・隊長があまりにも気持ちよさそうで、つい・・・」

朽木は起き上がって布団を出た。

申し訳なさそうに項垂れながらも、俺の反応を盗み見ている様がいじらしい。

「構わない、朽木。それよりこっちに寄れ。」

言われたとおり、朽木は立ち上がって俺の正面に正座した。

不思議そうに俺の表情を窺っている。

昨日あんなに一緒にいたのに、もうこの子が足りない。自分の若さに我ながら驚く。

寝起きの艶めく肌に触れたい、化粧っ気の無い素の唇を吸って掻き抱きたい。

不埒な想像で、腹の底が熱く疼くのがわかった。

俺はなんてけしからん上司なんだ。大きく頭を振って理性を呼び戻す。

「隊長・・・?」

朽木が妙なものを見るような目で見上げてくる。

この子にそんな意識はないのだろう。でも大きな瞳が俺を煽る。

昨夜彼女に手を出さなかった自分を恨んだ。

「ご気分が優れないのですか?」

心配そうな顔の朽木が俺の額に手を伸ばす。

据え膳食わぬは男の恥である。今日はとことん怠惰な男になろう。

伸ばされた朽木の手を引いて、冷たいその指先に口付ける。

反射的にその手を引いた少女の肩を抱きしめて布団に倒れこんだ。

朽木の戸惑って彷徨う黒目を見つめてやれば、射抜かれたようにそれは落ち着く。

昨日のような、まどろっこしい愛し方なんてしてやらない。

「いいよな。」

だめだ、と言ったって聞いてやらない。

今の俺は珍しく、猟奇的な感情でいっぱいだからだ。

朽木は諦めたように頷いた。どうせ今の俺にどんな言い訳も通用しないと知っている。

遠くで終業時刻を告げる鐘が鳴る。かまわず少女の唇に接吻を落とす。

なんて背徳的な行為だろう。でもそれにお互い酔ってしまった。



白檀の香りがする。

うら若い女の放つそれを、俺は肺いっぱいに吸い込んでやる。

この子の全部を独占するために、昨日も明日もいつか大人になったその日でさえも。



Fin





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