〔届いたとしても…〕 この手が君に届いたとしても、 きっと僕は触れられない。 地上を夕日が染め上げる時刻。 見上げれば空を遮る、青々とした木々。 まだ暗闇には早いというのに、森の中は僅かに薄暗い。 緑の葉と、紅の空と、木々の隙間から照らす朱の光り。 その光を受けて、僅かに靡く金の髪が赤く染まる。 幻想的とも言えるその光景に、瞳を奪われたとしても。 「……?」 気が付けばそれなりの距離が開いていて。 振り返った時に呼び掛けたであろう言葉も、届かない程に。 揺れる髪が、僕を探して彷徨う視線が。 恐ろしい程に、僕を、無力化する。 立ち止まったまま動かない僕を見付けて、少しずつ距離が詰められていく。 僅かな距離を保ったまま、別段鋭くもない視線に射竦められた気がした。 淀みない、ただただ真っ直ぐで、澄んだ瞳に。 「どうした?」 同じように見つめれば、きれいになれるだろうか。 真っ直ぐに見つめて、すぐに逸らす。 答えが否だなどと、最初からわかっている。 変えようも無い事実。 汚れてしまったこの身の何もかもが、浄化されることは有り得ないと。 「……リオン?」 「…何でもない」 見つめ合うには、遅過ぎた。 もう少し早く出会っていたとしても。 何も、変わりはしないのだろう。 僕が僕である限り。 変われない。 それは、きっと全てが同じで。 手を伸ばせば届く場所に居る君に。 それでも僕は、触れられない。 君が君である限り。 全ては、在るがままに。 どんなに惹かれようとも、変えられないのは。 「早く、合流できるといいな」 「………そう、だな…」 先を行く背に、手を伸ばす。 離れていく背。 風に揺れる髪が指先を掠めて、逃げる。 「俺はもう少しこのままでも、いいけど…」 草を踏む音、木々の薫りと。 笑顔のまま僕を待つ、その人と。 「……馬鹿な事を言うな。もう日が暮れる」 「…わかってる。……行こうか」 手を伸ばす彼の手は、確実にこの手を掴まえるのに。 温もりが痺れに変わる頃、森を包む闇は夜の訪れを知らせて。 歩いて行く先に、仄かな灯りが見える。 終わりの予感と共に、一陣の風が始まりを告げる。 流れる時代の、終わりの始まりを。 始まる事のない関係の、終焉は間近に。 確実に刻まれる時間の片隅に、置き捨てる心の音が軋んで聞こえた。 本当はその手を、握り返したかった。 拍手ありがとうございます |
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