拍手ありがとうございますv
GetBackers(蛮×銀次)



「約束」



銀次は一人、広場の中央に積み上げられた瓦礫の上に腰かけ、青白い月を見上げていた。
それは、まるで孤独の象徴であるかのように、今夜も冷たく青褪めた光を地上へと放っている。

こうして、一人で見上げる度。
このまま、存在ごと消えてしまいそうな恐怖に苛まれたけれど。
それでも、月は嫌いではなかった。
誰かに似ていると、そう思っていたからかもしれない。


「雷帝」
背後から近づいてきた気配と声に、銀次がゆっくりと振り返る。
青白い光に照らされた頬には、その通り名に似つかわしくないほどの穏やかな微笑。
それを見上げ、女が少しつらそうな顔をした。
いつも、思う。
あなたのその痛みと孤独を、誰かが(できれば私が)、せめて少しでも和らげてあげられたら、と。
「火生留」
呼ばれた名に、感情はさておいて、女がぴしりと背を正す。
口調は、心とは裏腹に淡々としていた。
「南ブロックで起きた暴動は、たった今鎮圧されました。首謀者の男は、ビーストマスターが捕らえています」
「…そう」
「後は任せておけ、との伝言ですが。如何致しましょう」
「わかった。士度に任せるよ。そう伝えて」
「はい、では。――あの、雷帝」
明確な応えに即座に踵を返しかけて、火生留と呼ばれた女がふと立ち止まる。
「ここはお身体に触ります。中に戻られては…」
「うん、ありがとう。でも大丈夫。もう少しここにいるよ」
「…わかりました。でも、あの。出来るだけ、少しでもお休みになってください」
「あぁ、わかっているよ、ありがとう。心配かけてごめんね」
「いえ…。では」
やさしげな琥珀の眼差しに、少し苦しそうに告げると、女が足早に広場を去っていく。
それを見送ると、銀次はまた月を見上げた。

「逢い引きか?」

突然、足元から聞こえた声にはっとなる。
見開いた琥珀が思わず見下ろしたのは、なんと真下だ。
「…いつの間に?」
「お邪魔ってか? そいつは野暮で悪かったな」
悪びれない答えに、驚いたように見開かれていた琥珀の瞳がふっと柔らぐ。
彼は、いつもこういう口調の男なのだ。
「そんな風に見えた?」
「さあな」
「…誤解だよ?」
「別に。俺にゃ関係ねえ話だ」
「そう、だね」
いかにも興味がないように言われて、銀次が少々がっかりとする。
だけども、そんな気持ちは声のトーンには表さず、淡々と話し出した。
「さっき、南ブロックでもちょっと規模の大きい暴動が起きてね。鎮圧はされたけど、どうも雷帝が倒されたって噂がもう広まってるみたいで。今ならロウアータウンもさぞ手薄になってるだろうって、外から仕掛けてくる連中が後を絶たない。…まったく、皆、耳が早いよね」
「で? にも関わらず、大将はこんなとこで呑気にお月見かよ?」
揶揄するような言い草に、銀次が困ったような苦笑を浮かべた。
煙草を咥え、ゆったりと吐き出した男の紫煙が、銀次の傍まで上ってくる。
「皆に休んでろって言われちゃったから。まだ、この前の戦いの傷が完治してなくて」
「…そりゃ、お互い様だっての」
「そうなの?」
「何だ。嬉しそうに言うんじゃねえ。テメエこそ、この無限城の中じゃ、どんな傷でもあっという間に治せちまうんじゃねえのかよ」
「その筈なんだけど」
言って、くすりと小さく笑む。
「どうも、『邪眼の男』に受けた傷は治りが悪くて」
「そいつはどうも。つうか、テメエの文句を聞くために、こんなとこまで来てんじゃねえぞ、俺様は」
不機嫌に返された声に、銀次がさも不思議そうに首を傾ける。
ずっと聞いてみたかったけれど、なぜか今日まで聞くことが出来なかった。その疑問。
「―だったら、何のため? 特に今日は厳戒体制が敷かれてるから、大変だったんじゃない? 此処まで来るの」
「誰に言ってやがる。だいたい、あの程度で厳戒体制たぁ聞いて呆れるぜ。雷帝の親衛隊も大したこたぁねえな」
「…耳が痛いよ」
肩を竦めて答えてから、どうやらはぐらかされてしまったらしい問いかけを、もう一度口にする。
今夜こそ、どうしても聞いておきたかった。

壮絶な命の奪い合いをした、その翌日の夜からずっと。
こうして、此処に通って来る彼の真意はいったいどこにあるのだろう。

「ところで、あの」
「あぁ?」
「どうして、わざわざ此所まで来て煙草吸うの?」
「悪いかよ」
「悪くはないけど。気にはなるよ」
「別に大した理由じゃねえよ。単に、此所から見える月が気に入ってるからってだけだ」
「此所から見る月?」
「あぁ、妙に落ち着く」
「それは…ええっと」
「あ?」
単に場所なのか。
それとも、その場所に行けば誰かがいるから、ということなのか?
「…それはもしかして、俺が」
いるから―とか? 
まさかね。
銀次が考えて、すぐさま否定する。
自惚れているようで恥ずかしいと思ったのだ。
「あぁ?」
「ううん、何でもない」
答えて、たぶん赤くなっているだろう頬の熱を冷ますように、銀次が青褪めた月を空に見上げる。
その月明かりさえ、どこかあたたかく感じている。
そんな自身に気づいて、また胸を熱くした。
夜風が頬に心地良い。
ややあって、煙草を吸い終わったらしい男が銀次へと呼びかけた。
「…よう」
「うん?」
「降りてこねえか」
誘いは、突然。
銀次の心臓が、どきりとひときわ大きく脈打つ。
「…え」
「見下ろされたまま、話をするのは好きじゃねえ」
さっきまで、ずっとこの状態で話していたくせに。
思いながらも、銀次がくすりと笑みを浮かべる。
「…プライド高いね」
「うるせえよ」
声は、存分に笑みを含んでいる。
どうやら怒らせたりはしなかったらしい。
よかったと思いながら、銀次が肩ごしに真下を覗き込むようにして微笑む。
「…ねえ」
「あ?」
「降りていくから」
「だから、何だ」
「約束して欲しいんだ」
「はぁ? 何でそんなことで、テメエに交換条件提示されなきゃな…」
「明日も来て」
「…あん?」
話の途中で遮られたにも関わらず、返されたのは、言葉ではなく視線。
紫紺のきれいな瞳に見上げられ、銀次の頬がまた熱くなった。
そのためか、言葉は誘いかけるというよりは、強請るみたいになってしまった。
「明日も明後日も来てくれるって、そう約束してくれるなら。―ここ、降りてく」
「…テメエな」
「ねえ」
拒絶しないで。
そんな意味を含んで、呼びかければ。
低く笑む音がして、次いで、ひどくやさしげな声が応じる。
「明日も、こんな風にいい月夜ならな―」
「うん…!」
届いていた心の声に安堵の微笑を浮かべ、銀次がすぐさま身体を移動させる。
早く、もっと近くに行きたいと思ったのだ。
その瞬間まで、自分で気づきさえしなかったけれど。
彼の傍に行きたかった。
ずっと。こんな風に。
そして、掴まれと力強く差し出された腕に、銀次は微笑んで、真直ぐに両の手を差し伸べた。


明日もあさっても、ずっとずっと。
ずっと永遠に、晴れたきれいな月夜が続いたら。
どんなにか、いいのに。








だが、結果として。
約束は、ついに果たされることはなかった。
なぜなら、約束を持ちかけたその夜に。
雷帝は、『邪眼の男』にそのまま攫われてしまったのだから。









メッセージや感想など、ありましたら是非v (拍手だけでも送れます)

あと1000文字。