目の前には雄々しく待ち構える中学校の正門。

その奥からは清く正しい中学生の皆様が部活動に励む声が聞こえる。





「き、来ちゃった」





但し美少女に限る、みたいな台詞を口走るも、ひきつれた表情では顔面偏差値は平均を下回る。

渇いた口内を無理矢理唾液で潤し、私、荻野千尋(24)は手にしたお弁当箱を持ってその聖域に足を踏み入れたのだった。











琥珀くんと私。








まずは多大な誤解を解こう。

決して自分を美少女なんて思ってないしそろそろ少女なんて可愛い年でもない。

よれよれの院生二年生はどちらというと擦れっ枯らしだ。

やっと研究にも変人にも慣れ、若干自分もそちら側に足を突っ込みつつ、ようやく一段落ついた夏のある日。

一件の電話がかかった。





「もしもし、ハク?どうしたの?」 

「千尋ちゃん?うふふふ~琥珀の母でございまーす」





この時の私の衝撃を考えてみて欲しい。

ケータイにかかってきた見慣れた家電番号を見て、てっきり彼氏だと思ったら彼の母親だった彼女の心境を。

暑さにだらけていた体をぴんっと伸ばし思わず正座をした私の精髄反射は仕方がないと思う。





「さ、桜子さん!!?ど、どうしたんですか!?」

「やーん、お義母さんって呼んでよ~」





どーしたらいいの!?こーゆー時どーゆー返しをしたらいいか分からないの!!?流せばいいと思う!?いや、マジで!!リアクション取りにくいからやめて!!





「えと、はい、お義母様・・・・?」





流されることを選択した私は悪くない。

ハクの母親、桜子さんからのお電話はこうだった。





「ちょっと千尋ちゃんに琥珀の事でお願いがあるのよ。もし時間があったら家に来れないかしら?ちょっと内容が内容だから琥珀には言いづらくて・・・・」





深刻な雰囲気に一体何が!と慌てて三日ほど休みをもぎ取り、大慌てで車に飛び乗った早朝。





「千尋ちゃん、いらっしゃ~い!」





そしてたどり着いたお昼前。

目の前には満面の笑みの桜子さん。

そしてどどんと手渡された重箱。





「えっーと、一体、何が?」





心で思った同じ台詞を全く違うトーンで吐き出しつつ目を疑う。

あれ?何か深刻な話な感じじゃなかった?





「これ、お弁当を忘れていった琥珀に届けてくれる?」





いや、それは全く構わないんですが、おれ?そーゆー話だった?え?間違ってるの私?

完全なキョトン顔を晒す私に桜子さんは寂しげに笑った。





「あの子、最近すごく無理してるのよ。早く大人になりたいって気持ちは分かるけど勉強も部活も頑張りすぎてて、私たちが言っても届かないの・・・・だから、」

「桜子さん・・・・」





寂しげに笑う桜子さんにきゅっと唇を噛んだ。

最近部長になったんだ、と電話があってからしばらく手紙も電話も来なかった。

忙しいんだろうとは思っていたし自分も忙しかった、なんて言い訳だ。

ハクがそんなに追い詰められてたなんて知らなかった。





「分かりました。私、至らないかもしれませんが」

「ってゆーのは建前で、琥珀へのサプライズイベントなの♪ドッキリよドッキリ♪」





お弁当もわざと持たせなかったの~という桜子さんに思わず膝から力が抜ける。

一瞬前の私のシリアスを返してほしい。

学校には電話してあるからよろしくね!とお義母様スマイルで放り出されあれよあれよと校門前、というわけである。





「すみません、えー、二年の天宮、は、琥珀の家の者ですが・・・・」





ご用の方は事務所まで、という張り紙の通り事務所に向かう。

家の者ってナニ!家の者って!!とゆー謎の悶えを物ともせず、事務の人は淡々と手続きを終え弓道場に向かうように指示される。

こ、こんな簡単でいいのか!?いや、いいのか!私、不審者じゃない、よね?

来校者と書かれたカードを首からかけ恐る恐る中学校内を歩く。

でかい。

よく知らないが有名どころの私立らしい。

すれ違う子どもたちが礼儀正しく挨拶してくるのが逆に怖い。

内心のドキドキをなるべく隠しながらしばらく歩くと武道館と名の付く大きな建物が見えてきた。

生徒たちのかけ声が響く。

武道館の中に弓道場があるらしい。

そーっと覗くと、い草の香りが懐かしさを刺激する。





「そこまで!!」





厳しく凛とした声が空気を割った。

袴を翻して颯爽と歩く少年から青年へと移ろうとする人。





「集合!」





肩まで伸びた黒髪を結び、ほつれた一房が頬を触っている。

それに介さず部員たちに声をかけ指示を飛ばす人。

それは、その姿は、まるで、





「は、」





ハク様降臨!!!

震える手に重箱が小刻みに揺れる。

何故!どうして!如何にして!!?

何と懐かしきハク様のお姿!いや、あの当時腹筋崩壊しかけたのを思い出しちゃっただけで決して悶えてるわけでないよね!違うよね!ハク様に攻められたいとかそんな性癖ないよね!?え!?違うよね!?私!!?信じてる!!私は私を信じるよ!!?





「あの?」

「ひゃい!!」





あまりの事に脳が遠い旅路へと行っている最中に声をかけられ変な声が出た。

まあいつも通りの通常運転なのだが。

慌てて振り向くと成人男性。

先生だろうか。

不審げにこちらを見ている。





「す、すみません!あの天宮、は、琥珀の家の者ですが、」

「ああ、聞いてますよ、ちょっと待って下さいね」





事務所と同じように説明すると疑いが晴れたのか朗らかに笑った。





「部長!お姉さん来てるぞ!」




家の者ってぼかした言い方最高。

ちょっと年の離れたお姉さんです。

全然顔似てないけど親戚のお姉さんです。

でも、あの、ハク様にそんなに気軽に声かけて大丈夫ですか!部長様って呼ばなくて大丈夫ですか!?





「お姉さん?」





案の定不審げに振り向くハク様。

私を認識した瞬間、





「っ!!」





その表情が劇的に変わった。

まるで蕾が花開くように、

雪が溶け春が訪れるように、

ふんわりと、甘く香る笑顔が花開いた。





「千尋!」
  
「っ、おべんと、もって、きました」





膝を付き、瀕死の状態でも何とか重箱を守った私。

今年最大の頑張りだったと記録しました。
















メインはこの後のつもりだったのに無駄な中学校描写に力が入りました。
いえ、ちょっとした職業病です(教職にあらず)
挙動不審な千尋をお楽しみいただけたら幸いです(笑)

久しぶりの更新ですが拍手ありがとうございます!
前作は引き続きいろいろ部屋にあります。



ついでに一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)

あと1000文字。