それはまるで太陽のような、


「……エド、先輩?」
「ん? おー昌浩! こんなとこでどした?」
「俺は調べ物に……エド先輩こそどうしたんですか? その頭」
 放課後の図書室は意外と人気が少なかった。部活動のさかんなこの学校では放課後一時間もすればほとんど人はいなくなる。珍しく弓道部が休みとなったために“仕事”の調べ物でもしようとやってきた昌浩は、目当ての本棚の前にいた人物に目を瞬かせた。
「ああこれ? 髪ゴム切れちゃったんだ。予備のも持ってなかったからそのままにしてるだけ」
 さらさらと背中に零れる金色の髪は光を受けて輝いている。普段三つ編みになっている髪はほんの少しうねりを残しているものの、ほぼストレートな状態で流されていた。見たことなかったその光景に昌浩はほう、と思わず見惚れる。
 普段は躍動的な髪がほどかれているだけでこうも印象が違うものなのか。書籍を捲るエドワードは快活な性格とは結びつかない穏やかな雰囲気を纏っていた。
 細く梳けるような髪は美しく、本当に金色の糸のようで。気が付けば昌浩はエドワードに近寄りその髪の一房に指を絡めていた。
「昌浩?」
「え、あ……っ! す、すみません!」
 不思議そうなエドワードの声にハッとして己のしていたことに気が付き、昌浩は慌てて指を髪から離した。少し驚いたようなエドワードに居たたまれずに顔を赤くさせて俯く。幾ら親しくはしていても、まだそんなに深く付き合ったことはなにのにあまりに不躾な態度だ。
 恐縮し小さくなる昌浩を見やり、エドワードは丸くしていた目をふっと優しげに細めるとくすりと笑って近くの椅子を引き寄せた。
「昌浩予備の髪ゴム持ってる?」
「え? あ、はい」
「じゃあ結ってくれよ、俺の髪」
「え、ええええ!?」
 しー、とエドワードは苦笑気味に唇の前に指を立てた。人がいないとはいえここは図書室である。昌浩はまたもや顔を赤くし口を押さえると、困ったように笑いながら予備のゴムをポケットから取り出した。
「あ、でも櫛……」
「いいよ適当で。どうせいつも適当に結んでるしな」
「こんな綺麗なのに勿体無くありません?」
「綺麗か? これ」
「綺麗ですよ! 凄く!」
 首を傾げるエドワードに昌浩は苦笑する。失礼します、と言ってエドワードの髪に指を差し込むと梳く必要がなさそうなほどにさらさらと零れた。感嘆のため息が漏れる。自分の髪は長いためちゃんと梳らないともつれてしまうというのに、羨ましい。
「俺からしてみれば昌浩のほうが綺麗な髪だけどな」
「そんなことないですよ。同じ黒髪ならリョーマとかのほうが」
「ああ、リョーマも綺麗だけど。でもアイツのはちょっと緑がかった黒だろ? 昌浩のは本当に……ええと、ぬばたま? って言うんだっけ。あんなふうに綺麗な黒髪だよな」
「……ありがとう、ございます……」
 ここは日本であるために、黒髪はそう珍しくない。エドワードは日本に来て結構経っていて黒髪など見慣れているはずだが、それでも賞賛してくれるのならば本当に綺麗だと思ってくれているのだろう。褒められたことが嬉しくて昌浩はふわりと嬉しそうに微笑んだ。
 髪というのは術者にとって重要な意味をもつ。そのために出来るだけ長く、そして出来るだけ美しくするように晴明からも神将たちからも言われていた。手入れは毎日欠かさずに――紅蓮たちがしていてくれていたので、やらせてしまっていることを今更ではあるが申し訳なく思う。だがそれと同時に彼らの行為も褒められた気がして、昌浩はエドワードの髪を丁寧に結っていった。
「はい、出来ました!」
「おー! ……なんか俺よりも上手いんじゃねぇ? これ」
 鏡を出して見やるエドワードの言葉に首を振る。こんなに上手く出来たのは恐らく生まれて初めてだろう。

 そして恐らく、こんなに長く一緒にいたのもきっと初めて。

「本当にサンキュな! 今度返すよ」
「あ、いえ、まだ家にありますしいいですよ。差し上げます」
「え? でもこれ結構ちゃんとしたやつだし」
「別にそんなに高いものでもありませんし、気にしないでください」
「うーん……よし、じゃあ生徒会室にいるだろうアレンも連れてカフェテリア行こうぜ! ケーキ奢ってやる!」
「え? え、ええぇいいですよっ! そんな奢ってもらうだなんて!」
「遠慮すんなって! 結んでもらったお礼でもあるし!」
「でもたかが髪紐一本ぐらいでそんな!」
「いいからいいから! ……それとも、俺のナンパは受けたくない?」
 ナンパ、の言葉に昌浩は一瞬きょとんと目を丸くする。だが言っていることに気が付くと唇を綻ばせおかしそうに破顔した。
「あはは……っ、解りました。お受けします!」
「おう! んじゃアレンのとこ行くか!」
「はい!」

 差し出された手をとって二人は図書室を出た。実はお互いがそのうちに話をしてみる機会を伺っていたとは知らぬままで。
 そして着いた中等部生徒会室で大わらわな状況に巻き込まれ――その時発揮した会計の才能に、次代生徒会会計の座を見込まれるのは別の話である。



“きっかけはいつだって些細なことなのだ”







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