「ルーファス様!」


豊穣神・神級位第二でありながらヴァルハラ一の地位を誇るとも言われているフレイ様。

その彼女の声が宮殿の中で響き繰り返されるのは日常茶飯事だ。

様々な苦難を乗り越え主神となったルーファスはかつてこの神界を支配したオーディンよりも

フレイにとってはある意味タチが悪い。

復興させた水鏡を見つめては何処かの小さな町の様子を眺める毎日。

最初はミッドガルドの様子を気にされているのだ、と感心していた彼女も

本来の目的を知ってしまってからはどうにも胃が痛い。


それもそのはず。


この主神が過去に愛した少女がまもなく転生を遂げると云う。

その為だけに山のような責務を放り投げては今日も昨日もその前も

寧ろこの百何年と毎日のように水鏡の前で様子を窺っている。

お陰でフレイは普段の仕事に加えて主神の仕事を殆どサポートする形となっているのだ。



今日も緑の髪を靡かせつつ主神様はいつもの位置から動かない。






「ルーファス様!!!」





本日二回目の怒声。

さすがの声にようやく振り返る主神の顔は緩みに緩みまくっている。



「フレイ」

「…なんですの?」

「アリーシャが、無事転生したんだ…!」



フレイの剣幕にも悪びれずだらしない表情で笑みを浮かべるルーファスは至極嬉しそうにフレイへと訴えかける。

だがフレイの表情は変わらず、呆れた様に見つめたままだ。



「それで?」

「それでって、ほら、なんだ…。折角だし…会いに、とか」

「何を血迷いごとを仰っておられるのです?」


あまりにも予想通り過ぎた言葉にフレイはぴしゃりとその意見を跳ね除けた。

ああもう、全く以って忌々しい。

主神のこの異常なまでの執着心はまるで過去にディパンの魔術師がレナスに抱くそれに勝るとも劣らない。

どうしてエルフの一族はもう少しまともな教育を施さなかったのだろうか。

いや、これはもうそれよりも彼の性格的な問題なのだろうと益々フレイの胃は痛くなる。


「で、さ」

「なりません」

「まだ何も言ってねぇだろ!」

「言わずともわかります」

「ちょっとぐらいいいじゃねーか…」

「ルーファス様!」



再び響くフレイの怒声。

未だ環境的に完全とは言えないアスガルドの状況、果たし終えていない各ヴァルキリーの新たな転生。

エインフェリア達の指導、何一つ、何一つ進んでいないのだ。

その状況を判らぬはずもないのに、とフレイは今日何度目かの溜息を零した。


「いっそ、二度と転生出来ないようにしてやれば良かったわ…」


つい漏れる本音。

アリーシャの存在ひとつがこのヴァルハラを大危機に招きかねないのだ。

過去も、そして現在も神界を脅かす存在。

フレイとてルーファスが主神としてしっかりとヴァルハラを導いてくれれば何も文句はない。

ただ彼が神となってから幾年が流れたその間も口にするのはアリーシャアリーシャそればかり。


そんなフレイを他所に主神様は再び水鏡で生まれたばかりの小さな赤ん坊にデレデレ顔。



「…ルーファス様」

「あーもう、煩ぇよ小姑かってーの」




ぷつん。

何かが切れた音がした。

一度切れた糸を再び繋ぐのは神の力をもってしても不可能である。





「………………」



そんな彼女の右手には光の玉。

嘗て、まだ敵対していた頃にフレイが見せた最強の技が其処に宿る。

その空気を察したのか慌てて振り返りフレイを見つめるルーファスだが最早後の祭り。


「ま、待ってくれ!謝る、謝るから…!」

「…浄化して差し上げますわ」

















宮殿奥深くから響く主神の絶叫。



ヴァルハラは今日も平和です。






『フレイ様の憂鬱』








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