迷宮設定のヒノ望。
でも、カップリングものと呼んでいいのかどうか…。
姫君がまだまだ抵抗してます。






「…………。
 ……なんで……」
望美は掃除当番の任務を終えた後、自分の教室に戻って絶句した。
失礼は承知で震える人差し指をその人物に向けたあげく叫んでしまう。
「どうしてヒノエくんがここにいるのーっ?」
「お帰り、姫君。会いたかったよ」
ここ数日で顔見知りになった望美の友人達に囲まれて
談笑していたヒノエは彼女の驚きなどおかまいなしにとびきりの笑顔で迎える。
さらに流れるように手を取られ、そのまま口付けそうな気配に
慌てて望美は手を引いた。
ここは教室。周りにはクラスメイト達。
いつも通りにされるわけにはいかない。
……いつもされているのもどうかと思うけれど。
「会いたかったよ…って昨日の夜だって今朝だって会ってるじゃないっ。
 そんなに長い時間離れてないよ」
何をおおげさに言っているのかと、平静を装ってみても
頬が真っ赤になっていては可愛らしいだけ。
「ついでに寝顔も可愛かったよ。
 それでも、お前と離れている時間は一刻だってとても長く感じるからね」
ヒノエは望美の鞄を持ち上げて、じゃあ帰ろうかと笑った。
「少しでも早く会いたくて、こうして迎えに来たってワケ」
「だからって、どうしてこんなとこまで……しかも制服……」
教室に堂々といるヒノエは制服を着ている。
「ああ、校門前で待つのはダメだって姫君が言ったじゃん」
「言ったけど……」
確かに言った。
ここ数日、ヒノエは昼間は将臣や他の八葉と一緒に出かけたり
一人で出かけたりとこの世界を知る為に行動しているようだが、
望美が帰る頃になると校門前で待っていてくれたのだ。
それは嬉しいのだけれど……。
ただでさえ制服の群れの中で私服は目立つ。
おまけにそこらにはいない整った顔立ちに華やかな雰囲気。
人から注目されることに慣れている別当様は周囲の視線を気にしないどころか
余裕で受け止め、愛想よく対応している。
そこへ飛び込んでいくなど、見世物以外の何者でもないのだ。
周囲に人がいようとヒノエの甘いセリフは留まるところを知らず、
とてつもなく恥ずかしい思いをした先日の放課後の記憶は抹消したいくらいだ。
だから、せめて少し学校から離れて待っててくれたらいいなと思い、
校門前で待つのは禁止と言った。
それなのに……。
「将臣がコレ着てれば教室行っても大丈夫だって教えてくれてね」
「…………」
(大丈夫って……将臣くん、全然良くないよ……!)
なんてことを教えてくれたのだ。
これでは逆効果である。
望美は三年分成長した姿の為に学校を休んでいる幼馴染みを恨んだ。
(どっちにしろ部外者じゃない……。
 いや、まぁ、放課後紛れ込むくらいはOK…なの?)
あまりにも当然のようにヒノエが言うから
つい流されそうになってしまったが断じて違うはず。
ふるふると首を振って、望美はヒノエの腕を掴んだ。
「と、とにかくっ、早く出よう!」
友人達への挨拶もそこそこに望美は足早に教室を後にしたのだった。
廊下、階段、校門を抜けるまでの間はやたらと視線が刺さっていたように思えた。



学校を出て、自分達の他に制服姿が見えなくなってきた頃、
望美はようやくヒノエの腕を離して歩く速度を緩めた。
「ここまで来ればもう平気かな……?」
「そんなに迷惑だったかい?」
反省の色がまったく見えない笑顔をじーっと見つめる。
「望美?」
やがて視線を逸らしてぽつりと答えた。
「迷惑……じゃないけどイヤなの……」
「そう、それは残念。もうしないよ」
肩を竦めてきっぱりと宣言したヒノエに申し訳なくて、
望美はうまく言えないんだけど…ともどかしげに口を開いた。
「ヒノエくんが来るのがイヤなんじゃなくて……。
 えーと、お迎えは嬉しいけれど……皆に…特に女の子達には
 ヒノエくんを見せたくないって言うか…」
「……………」
まじまじとヒノエに見つめられ、望美は顔を赤らめながらまくしたてた。
「だ、だって……!
 ヒノエくん目立つうえに愛想良すぎるんだもん!
 クラスメイト以外でもヒノエくんのこと気にしてたり、騒いでたりしてて……。
 それで私に色々聞いてきたりして面倒だし……」
もう何が言いたいのかも分からなくなってきた望美は
ぷいと顔を背けると先に歩き出した。
「なんか……なんか分からないけれど、イヤなの!」
ヒノエはそんな彼女の背を見つめ、数歩の距離を即座に埋めた。
彼女の肩に腕をまわして抱き寄せる。
「わっ、な、なにっ?」
「ホントに可愛いね、オレの姫君は」
今の会話のどこに可愛げがあったのだと、心底不思議そうに
見つめ返す少女がまた可愛くて。
「妬いてくれたってことだろ」
耳元で囁くついでに頬に口付けた。
「っ!」
彼の言葉にも行動にも抗議したいところだけど、動揺のあまり言葉が出てこない。
「ち、ちが……そんなんじゃっ……」
「大丈夫。オレはお前のものだよ」
「だから……」
誤解だと真っ赤になって訴える望美にヒノエは片目を瞑った。
「オレも用は済んだし、明日からはこの辺で待ってるよ」
「? う、うん…?」
いったい何の用事を済ませてきたのだろうと疑問に思ったが
彼は笑って答えてくれなかった。




その日の夕方。
譲が部活を終えて帰ってきた時に謎は解けた。
「先輩! 同学年の男子と付き合ってるって噂は本当ですか!?」
「へ?」
有川家のリビングのソファでのんびりカフェオレを飲んでいた望美は
思わずカップを落としそうになった。
「…って、それ毎度お馴染みの将臣くんってパターンじゃないの?」
「兄さんじゃありませんよ。
 今日先輩を迎えに来て一緒に帰ったそうですから」
元の姿に戻るまで学校には近寄らないようにしている将臣のはずがない。
(ていうか……今日、一緒に帰ったのって……)
すぐ隣で優雅にコーヒーを飲んでいるヒノエを見つめる。
「なんで、そんな根も葉もない噂が広まっちゃってるの……。
 ヒノエくん、私が教室戻るまでに何かヘンなこと言ってないでしょうね」
「姫君のいないとこでそんなことするわけないじゃん」
はっきり言い切られてしまった。
そう言うからには望美が困るようなことは言ってないのだろう。
「オレと姫君の間にある特別な雰囲気が伝わった、ってことじゃない?」
「なんだ、噂になってた生徒ってヒノエだったのか?」
「みたいだね」
譲の安堵を含んだ確認にヒノエが他人事のように頷いた。
同学年の生徒と聞いていたので、いったい誰だと思ったものだが……。
「噂じゃ……朝まで……その、ずっと一緒にいたみたいな話だったから……」
噂の相手がヒノエなら、それは単なる尾ひれがついただけだと安心できる。
ヒノエは有川家に泊まっているのだ。
譲はもちろんのことながら、八葉連携体制で無断外泊などさせない。
「へぇ、それはぜひ現実にしたいところだね。
 ねぇ、姫君?」
「な、なに言ってるのっ!」
二人掛けのソファに一緒に座っているだけあって、距離が近い。囁きも近い。
「夜も朝も一緒にいて、お前の可愛い寝顔も見つめて……さ」
「そんなことさせると思うか?」
「止められるもんならやってみな」
譲とヒノエの日常茶飯事となっているやりとりを望美は聞き流していた。
一通り言い合いが終わった譲は着替える為に自室に戻っていったが、
その間も望美はその前のヒノエのセリフと意味深な笑みが引っかかっていた。
(夜も…朝も…一緒で。寝顔……?)
さらに数秒考えて。
そして。
「あーーっ!」
すべて見透かしたような余裕の笑みをキッと睨む。
顔が赤くなってしまうのはどうしようもなかった。
(や、やられたっ!)
望美を教室で待っている間、きっとヒノエはヘンなことは吹き込んでいない。
そういうことをする人ではない。
それに、ヒノエの甘すぎるセリフが標準装備なのは友人達にも知られている。
彼の望美に対しての賛辞は話半分に聞いていることだろう。
そこは問題ではないのだ。
問題は……。
『昨日の夜だって今朝だって会ってるじゃないっ。
 そんなに長い時間離れてないよ』
『ついでに寝顔も可愛かったよ』
望美が教室に戻ってきてからの会話だ。
嘘は言っていない。
実際は寝る前にヒノエが望美の部屋を訪れただけだし、
朝は起こしに来てくれただけ。
だから望美も意識せずに言ったけれど、冷静に振り返れば
誤解の余地はおおいにある。
というか、好きに想像してくださいと言わんばかりの会話に聞こえる。
ヒノエだけのセリフならともかく、望美も普通に話していたから
妙に説得力があったのだ。
きっと彼はわざとそういう会話の流れに持っていった。
「ヒノエくん……」
低めた声で彼の名を呼ぶ。
「何が狙いよーっ?
 もう、明日学校行くのやだー」
しかし今日ヒノエと帰った手前、休めば休んだで
もっとすごい誤解をされそうで恐ろしい。
「ヒノエくんの言ってた用事ってこれ?
 何の意味があるの?」
「お、姫君鋭いじゃん」
「鋭いじゃん、じゃないよっ」
いったいどういうことだと胸倉を掴みかねない勢いの望美にヒノエは悪びれずに言った。
「オレもお前と同じ気持ちだったってこと」
「?」
ここ数日望美を迎えに行って、彼女と一緒にいた時に
向けられた男共の視線の意味には気付いていた。
「思っていた以上に恋敵が多そうだったからさ。
 ちょっと減らしておきたいな、と思ったんだけど……」
「…………」
「お前の方がさらに上をいってて嬉しい誤算だったよ」
「わ、私そんなつもりじゃ……っ!」
他の女子達に見せたくないのだとヒノエの腕を掴んで逃げた彼女の真っ赤な頬に触れる。
「ふぅん……無自覚?
 それも悪くないね」
「っ!」
ヒノエは楽しそうに笑うと触れていない方の頬に口付けて宣言をした。
「近いうちにこっちもお許しをいただけるかな、オレの姫君?」
ヒノエの指先が望美の桜色の唇をなぞる。
「~~~っ!」
耳まで赤くして、口をぱくぱくさせる彼女が可愛くて抱きしめた。
玄関で物音がしている。
八葉の誰かが帰ってきたのだろう。
譲ももうすぐ夕飯の準備をするため、やってくるだろう。
この温もりを腕に感じられるのは、あとほんの少しだけ。
真っ赤になって固まっているけれど、拒みはしない彼女を抱きしめる腕に
やや力を加えて囁いた。
「好きだよ」
「………知ってる」
俯いたままのつれなくも可愛らしい返事にヒノエは笑った。


予告したキスが実現されるクリスマス・イブまで、あと数日。



                                ~ 終 ~




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