【月光】
それは、満月を少し過ぎたばかりの月が輝く頃。折角月が綺麗だから、と、私と彼はリビングの明かりを消してソファからその光の道筋を静かに眺めていた。
ああ、こんなときにはあの曲が恋しくなる。彼が時たま弾いてくれる、あの歌が。
「ねえ、またあの曲、弾いてよ」
電気のない暗闇の部屋の中で、私は彼にねだった。月と星の光で微かに見える彼の顔は笑っていたと思う。……私が、笑っていてほしいと思っただけかも知れないけど。
「また? 飽きないね、君も」
彼は小さくクスリと笑い、私の隣から離れリビングの中央へ移動する。リビングの真ん中、彼専用のグランドピアノのある彼の特等席。暇があると彼はいつもそこに座って鍵盤と戯れる。私はそういう彼の姿を見ているのが好きだった。
「けど、変わってるよね」
「何?」
「ピアノ好きの死神」
確かにそれは自分でも自覚している。地上に降りて彼と知り合うまでは、音楽の「お」の字も知らないような状態だった。こんな優しいものを知らなかった、ずっと。
思えば、彼の命があと1年しかもたなくてその監視役に私が配属されなければ私はピアノの存在すら知りえなかったはずだ。……なんとも皮肉な運命だ。ピアノと出会うことは出来たが、最後にはピアノを教えてくれた彼の魂を自分の手で狩らなくてはならないのだ。こんな綺麗な音を奏でる手を、心を持った、彼の命を。
「ピアノが好きなわけじゃない」
「え?」
「……あんたの弾くピアノが、好きなの」
「お褒めに預かりまして」
にこりと笑って、彼はまた鍵盤と向き合う。そして、リクエストしたあの曲を、静かに弾き始めた。
この曲はあの日、私と彼が初めて出会った日に弾いていた曲。低い音程から始まり、次第に高い音程と混ざり合い掛け合いを重ねて奏でられる優しいメロディ。丁度今彼を照らす光と同じ名前の曲だ。儚く、けれど力強く、そんな独特の表現は命短し彼だからこそ奏でられるものなのかもしれない。
……彼は、今どんな気持ちでこの曲を弾いているのだろうか。煩った心臓を、弱く生まれた運命を、そして私を恨んではいないのだろうか。この澄み切った音からそんなものは微塵も感じられなくて。では、何故そんな優しくいられるのか。私が憎くないのか? 自分の魂を数ヶ月後に奪う私が――。
そんなことを考えていたら、ピアノを弾いていた彼がこちらを向いて目が合う。彼は私に微笑んだ。優しく、愛おしむような目で。そう、それは――死する覚悟が出来ている人間だからこそ出来る穏やかな目だった。
――神様は……なんて残酷なのだろう。
こんなにも優しい少年の命を奪おうというのか。私に奪わせようというの、こんなにも美しい心を。
ならばせめて、その命尽きるときまで――、
「……ごめん」
彼のそばでピアノを聞かせてください。彼に命尽きるまで、ピアノを弾かせてください。
これ以上、彼の大切なものを奪わないでください。
彼の命尽きる日を思い、私は彼に気付かれないようにそっと涙を流した。
(ツンデレな死神少女が書きたかっただけです(ぇ) 勿論イメージソングはベートーベンの「月光ソナタ」で)
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