拍手ありがとうございました!
お礼文章現在5種。







----------------------

拍手御礼ナイトメアすきすきブンビーさん前提ブンアナ


"substitute"

 代替要素だなんて、分かってた。初めから。
 その人は、昔よく知っていたあの人や、あの子や、あの女の子によく似ていた。
 そんな気がしただけ。

「なんですの? これ」
 その人はつややかに塗られた唇を僅かに動かして、冷たく言い放った。単に疑問を口にしている、というよりも、反語的な、現状否定的な何か。
 唇に載せられた言葉はやはり当然の如く冷たい。ああまるで、私、貴女の机にゴミでも置いちゃったような気分になる。
「あ、ええとね。……ささやかな和み? 一服の緩和剤? っていうか。いつもなんだか、そんなしかめっ面されてるんで…」
「悪かったですわね、しかめっ面」
「ああいやいや、別に非難してるわけじゃ…。でももったいないですよ、せっかくお綺麗な…」
「和みも緩和も間に合ってますわ」
 彼女はとっきんときんに尖ったガラスのナイフのような台詞を押し被せて、こちらの戯言をぶった切る。お見事。
 私はただ、小さなガラスの一輪挿しを置いただけ。それは確かに宝物でも何でもない、ごくありふれた、日曜日にのみの市で買ったような代物だけど。
 別に毒を盛ったわけでも、白い百合を生けたわけでもないです。本当に。
 華奢で指の長い、知的で綺麗な白い手が、つと一輪挿しを脇に押しのける。いけられた花がくるりとそっぽを向いた。

 瀟洒な一輪挿しには、一本の薔薇が生けてある。まだツボミが少しだけ、開いたようなやつ。これから見頃を迎えるはずだ。
「いやいや。…これがどうして、職場に和みは大切ですよ。あとね、お花がそうしてあると、なぜかその周りが綺麗に片づくというジンクスも…」
 何の興味もなさそうな一瞥が、ちらりとこちらを射抜く。なんか水色の光線か何かが出そうな目だった。目からビームは過たず、額のど真ん中を射抜いていきそうだ。
 さっきから途中で黙ってばかりいるな私。負けるな私。
 ほとんど意識もせずに胸ポケット常備のハンカチを取り出して、機械的に額の汗をぬぐう。
「結構です」
 にべもなくそう言われ、一輪挿しが鼻先に差しつけられた。紅茶によく似た茶色がかった赤い花弁と、それに良くお似合いな芳香。
「でもですね、よくご覧なさいな。…この薔薇、結構アレですよ、良いやつなんですよ? ……新種だとか何とかで、フランスのブリーダーが今年発表した……、結構価値あるかも」
「結構ですわ」
 おや今度は季節はずれの雪女みたいに冷たい、溜息混じり。
「こんなことしてるお暇があるなら、カタログに載ってる何かをお持ちになったらどう?」
 ねえ。
 熱心な事。まっすぐなこと。無機質なぐらい、生真面目なこと。そうして目的に対して冷徹なこと。
 私達だって同じだった。だからどこか、あの人や、あの子や、あの女の子にこの人は似ている…気がするのかも知れない。
 ついとそっぽを向いた彼女の耳も、存在の邪悪さを体現するかのように、耳殻のところが尖っている。杉の梢のように冷たくてみずみずしい、尖った耳。囚人の躯に入れられた入れ墨のようなわかりやすい表象。
「たとえば、ローズパクトとか?」
「お分かりではないですか、ブンビーさん」
 困ったように、その人は笑いながら言う。ちょっと蔑んだような、複雑な笑みが唇の端に刻まれる。視線はでも、前より少し柔らかくなった。
「じゃこの花はその決意表明ってことで、受け取ってくれませんかねえ?」
 ほら、薔薇だし。
「意味が分かりません」
 何がおっしゃりたいんですの、と彼女は言い、私は生真面目にこう答えた。
「いやね、貴女に似合うと思いますよ、薔薇」


 でも、真実本当に貴女を好きになって、…そうして貴女の手を取ってしまったら、…きっと私はとてもとても、
 ――悲しくなるに違いない。

(2008/4/4)
-----------------------------




ついでに一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)

あと1000文字。