リン×滝川










「・・・・?」


誰もいない夕方のオフィス。
いつもならリンが部屋から出てきた途端に聞こえる「お疲れ様です」の言葉があるのだが、
生憎今日から麻衣はテストのためにしばらく休むことになっていた。
前まではテストがあってもオフィス内で勉強していたのだが、いまいち集中できていない様子だったことと、
何よりナルが白状させたテストの結果が散々だったことからテスト期間中はバイトを休ませることになったのだ。
ナルはまだオフィスにいるはずだが、彼が社長室から出てくるとは思えない。
だが、室内の少し大きめのソファーから確かに人の気配が感じられた。
人が居ると知らなかったため音も随分たてて扉を開けたはずだが、それに気づいている様子は無い。
姿も見えないのできっと眠ってしまっているのだろうと思い、リンはそっとソファーに近づいた。


そこには外から差し込んだやわらかな夕陽を受け、気持ち良さそうに体を丸めて眠っているベーシストの姿があった。
一体いつからここにいたのだろうか。
ここまで深く寝入っているということは結構な時間が経っているのだろうが、今は確かめることはできない。


滝川が前にこのオフィスに来たときには、今日麻衣がテストで仕事を休むことを知っていたはずだ。
では、何故滝川はここへやってきたのだろう。
アーティストと拝みやという二足の草鞋を履いている身はとても忙しいはずであるのに。
何か仕事のことでここに来たとは思えない。
そうであるなら、こんなところで誰かが出てくるのを待つ必要は無いのだから。


夕陽できらきらと光を反射している髪にそっと触れる。
すとんとした自分の直毛とは違い、くしゃっとした柔らかな感触はリンの手に良く馴染んだ。
そのまま感触を楽しんでいると、んーと小さな呻き声をあげたものの、目を覚ます様子はなかった。
人の気配に敏感な滝川がこれだけやっても気がつかないということはきっと仕事で疲れているのだろう。
そう思い、リンは備品室に置いてあるタオルケットを持ってきて滝川にかけ、名残惜し気に離れた。


そのまま本来の目的である資料をとり、コーヒーを淹れ部屋に戻る。
扉を閉じる瞬間、滝川が何か呟いたような気がして手が止まった。
ソファーに視線を向け、耳を澄ましてみたが滝川が起きた気配は無い。
深く眠っていることは先程の自分の行為で分かっていたはずなのに敏感に反応してしまった自分に内心首を傾げる。
しかし思考はすぐに仕事へ切り替わり、静かに扉を閉じるとパソコンのモニターと向き合った。








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