「あ゛ぁー……」
情けない声を漏らしつつ、ぐでっと長机にもたれかかった。
だるいのだ、体が。人体の六割から七割は水分で構成されているというが、それがすべて乳酸に置き換わったってしまったんじゃないかというくらいにだるい。
昨晩は深夜に放送していたB級映画が予想外に面白く、つい夜更かししてしまった。巨大な蛇に数名の男女が襲われるというありきたりな内容だったが、やたらとお色気シーンが多くて目が離せなかったのだ。悲しいかな男子高校生。床に就く前にもスコスコやってしまった。
……ごほん。えー、そういうわけで今朝寝坊することは必然であり、遅刻を回避するためには朝食を抜かねばならなかった。さらに午前中には苦手な英語数学の授業。弁当食って昼寝しようと思ったら進路のことで職員室に呼び出され、午後は体育のマラソンで五キロ走らされ。
そしてデザートの掃除当番をヤケ気味に勤め上げ、放課後。
正直今すぐにでも風呂はいって寝たかったがこのまま家に帰宅する体力なんぞ有るはずもなく、部室で仮眠しよう……と死にかけの子犬の足取りで旧校舎にたどり着き、冒頭に戻るわけだ。
「ふあ……」
間抜け面でどでかい欠伸をかますのに周囲を慮る必要はない。なぜか部室は無人で、その何故かを考えるのもめんどくさい。どーでもいい。眠い。寝る。疲れた。
腕枕オーケイ。椅子のすわり心地オーケイ。チンポジオーケイ。季節柄風を引くこともないだろうときて、準備万端。
さぁ、俺は眠るぞー! と緩やかに瞼を閉じたにしては喧し過ぎる音は、誰かが……いや、ハルヒが蝶番を引きちぎる勢いで押し開いた扉から響いてきた。
体内の水分をすべてリポビタンDに変換させたような元気の良さでハルヒはにぱぱーと笑い、
「遅れてごっめー……ん、って、何よ、キョンだけ?」
笑ったのだが、室内にいるのが俺だけだと認識するやいなや、今日のご飯は寿司やでーと言われて食卓に赴いてみたら寿司は寿司でもばってらだったみたいな表情で口を尖がらせた。
返事をするのもおっくうなのだが、スルーしたらしたで永すぎる眠りにぶち込まれそうな雰囲気を感じ取り、
「あぁ」
「みんな遅れるとか休むとか言ってた?」
「俺は聞いてないな」
ふぅん、とハルヒはつまらなさげに鼻から息を吐いてお決まりの位置に腰掛ける。
どうやら今日もネットサーフィンに励むようだ。先日IEの履歴を何気なく覗いたら「素直になる方法」というサイトがあって思わずによによしてしまった事を思い出しつつ、
「俺はちょっと疲れたから仮眠するわ」
別に俺がどうしようがハルヒが気にするところではないだろうが、二人きりだしで一応の断りを入れて今度こそ瞼を閉じた。
全身にのしかかるような疲労感。もう瞬きすらしたくない。この分ならすぐにでも寝入ることができるな……、うん、全身にのしかかるような……、
「まてや」
この疲労感やわらかくてあったかくて良いにおいするなー、なんて思うわけねえだろ。
背中にむにゅーっと押し付けられてる二つの物体は幸福感一杯だが、今は立つもんも立たないくらいしんどいのだ。
いつの間にやら背中ににしかかってきていたハルヒは俺の耳あたりにあごをどっかと乗せ、
「ちょっとー。寝ないでよ、あんたが寝たらあたし暇になるでしょー。遊びなさいよー」
目を閉じているので見えないが、雰囲気から察するにおそらく頬をぷくっと膨らませて、ぶーぶーと不満を耳朶にたらしてくる。
小さな女の子が父親にねだるような声の調子に思わず「それじゃお医者さんごっこしようか」と言いそうになるが、今の俺は全身に麻酔をかけらたように体が動かないのだ。忍びないが今日のところは一人でおままごとでもしてもらうしかない。
そんなリスみたいな顔を至近距離で見たらさすがに目が覚めちまうぜと冷や冷やしながら、
「……寝不足で朝飯抜きな上にマラソンだぜ? マジでちょっと寝かせてくれ。家に帰る気力も体力もねえんだ」
「えー」
「えーじゃない」
「っちー」
「っちーってなんだよ。……って、誰がえっちやねんこら」
「そんなのあんたしか居ないでしょうが。この右曲がりキョン」
「だめだから! そんなこと女子高生が言っちゃだめだから!」
「えー。違うっていうの? あ、いまのえっちにかけてんのよ。わかった?」
「しらねえよ。そして曲がってねえよ。つうか上手くねえよ。座布団全部持っていかれてしまえ」
「馬面師匠のご冥福をお祈りするわ……」
「死んでないよ! 師匠降板しただけだよ!」
「あはっ、やっぱあんた漫才の突っ込みみたいよねー」
「……好きでやってんじゃねえよ」
あぁぁ恨めしい忌々しい! なぜこんなにもだるいのに律儀に突っ込んでしまうんだ俺!
俺との漫才の何が面白いのかハルヒは耳に息がかかってこそばゆいのをお構いなしにからから笑っている。体が揺れるたびにむにゅむにゅたまらんのだが、こいつわざとやってるんだろうか。
のしかかれているおかげで肩が竦めれない。やれやれまったくもう、と心中で前置きして、俺はため息をついた。
「……もういいだろ? 寝かせてくれって」
「えー」
「同じネタすな。つまらん」
「むぅ……何よう、もっと遊んでよー。団長命令に背くってのー?」
「命令じゃなくてお願いだったら聞いてやらんこともなかったさ。おやすみ」
一瞬だけ空白があった。ハルヒはよりいっそう俺にのしかかってきて、
「ねぇん。あそんでぇん」
「……っ! ちょ、てめっ、気色悪い声出すなっ!」
「あはははっ!」
なで過ぎて猫の皮がむけそうな甘ったるい蜂蜜声と共に、耳に息を吹き込みやがった。
反射的に体がぞわつく。変なうめき声を出すのはなんとか我慢したが顔面の毛細血管の血流増加までは食い止められない。
「おーおー、キョンの照れ顔なんて珍しいわね、写メとろうかしら」
「……簡便してくれ」
ここまでされたんだ。いい加減振り払ってやろうと体を起こそう……とするのだが、女にしては筋肉がついてるだろうハルヒの体はびくともしなかった。死にたくないので弁明しておくが、ハルヒが重いのではなく俺が力を入れられないだけだぞ。
結果もじもじと体を揺すらせるだけに終わってしまった俺の上ではハルヒがによによしていて、……あー、本当に何が面白いんだよこんなの。
「なぁ……、おい、いい加減どいてくれよ」
「ええー。ちゃんと遊んでってお願いしたじゃないの」
「あんな頼み方があるかっ。……だからな、マジしんどいんだって」
「そう言う割りにはあんたさっきから割りと元気っぽいんだけど。いちいち返事してくれるし」
「……ぐぬ」
確かにそうだが、それはもうフラグが立ちそうになったら壊さねばならないのと同じで俺の宿命みたいなものであってだな、どうこう出来るものじゃないんだ。
言葉につまった俺がとうとう観念したととったのか、ハルヒは首筋のにおいを嗅いで「おとこぐざー」と台詞のわりには楽しそうに騒いでいる。
……結局寝たら寝たで意識がないのを良いことに無茶苦茶されるんじゃねえのか、これ。
いや間違いなくそうだろう。いかんな。疲労でうまく頭が回ってない。ハルヒは元気っぽいなどと評するが、やはり俺はかなりまいっている。だからだろうね。相変わらず背中越しにたゆたゆ素敵なそいつの感触を感じながら、
「……なぁ、ハルヒさんや」
「どったのキョンさんや」
「何度も言うけどな、本当の本気で俺は疲れてるんだ。その証拠にこれだけおっぱい押し付けらても平然としてるだろ?」
普段なら絶対言えるわけねえだろな事を、ハルヒならすかさず体を離すのは確実だと確信をもって
言ってしまっていた。
寝て起きたときに凄まじく後悔するのも確実だろうが今は現代の若者らしく刹那主義を貫きたい。そのときが楽ならば後のことは知らん。すげえ寝たいん。しんどいのである。
――だからハルヒよ、いい加減どいてくれ。俺に自由を!
希望を込めて瞼を開ける。あんな台詞をかましてやったんだ。そこには「なんつー事言うのよ!」と照れ怒りながら体を離すハルヒが――
「……ぐぅ」
「え?」
――居なかった。
しかも怒るどころか、ハルヒは楽しくなるお薬を決めたような幸せな寝顔で安からな寝息を立てている。むにゃむにゃと小さく震える唇にどきっとさせられて、あわてて目を瞑った。
「すかー、んあー」
「うおぉぉっ!」
頬にふいにぬるっと垂れてきたのは……涎だろう。なま暖かい感触に背筋の産毛が粟だって、思わず素っ頓狂な声を漏らした。
「ありえねぇだろ……おい」
この一瞬で寝ちまうとか人の顔に涎垂らすとか、マジいろんな意味でありえねえこいつ。つうか口に向かって垂れてきてるんだけどどうしたらいいんだよこれ。
アジサイの葉を冒険するナメクジのようなスピードで迫る唾液の味を思わず想像して死にたくなりつつも、
「くのっ、ちょ、だめだろっ」
何とか回避せねばと腕を伸ばそうとして……出来ない。何でやねん。何でもやねんもない。ハルヒだ。人のことを抱き枕か何かと勘違いしているのか、ハルヒの腕がいつの間にか俺の二の腕越しにがっちりと胴体をホールドしていた。寝た人間の体は起きている時よりも重くなるもので、本気でハルヒはぴくりともしない。
「てめっ、起きやがれっ! おい! ハルヒ! ハルヒさーん!」
こいつはピンチなのかチャンスなのかすら分からずあわてる俺をによによするかのように、ハルヒは絶賛涎垂らし中で「んー、キョン……」だなんて甘ったるい寝言をささやいている。耳から進入したその桃色病原菌は脳細胞をぶっ壊し、もういっそのことこいつの唾液を受け止めてやるという気概を俺に与えてくれ、
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