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Beloved
拍手お礼創作 アシュヴィン×千尋





注意!この話には、構成上オリキャラが出てきます。ていうかオリキャラが主役です。苦手な方はブラウザを閉じてください。







想い合うふたりの気持ちが同じなら幸せ、などと誰が言ったのだろう。







そよそよと戦ぐ風に、少しの湯気とともに香ばしい香りが混じる。
かちゃかちゃと硬質な音を立てながら並べられていく杯のひとつに、琥珀色が広がっていく。

「どうぞ」

「ああ」

「かーさま、わたしにも~」

「はいはい、今淹れるわ。…でも、少し苦くないかしら?」

「だいじょうぶだもん!」

せがむ幼女の小さな掌が包む銀杯に、茶器からとぽぽと軽やかな音を立てながら琥珀色の液体が注がれる。
得意満面に茶器に口をつけて、途端顔をしかめた幼女に、周りはさもあらんと苦笑を浮かべた。
幼女の隣に座る少女が、小さな小瓶から蜂蜜をひとすくい取り混ぜてやり、ふわんとあたりに香る甘い匂いに幼女は顔を輝かせた。

その少女二人の笑顔を見て、母と呼ばれたその人は、少し首を傾げてふふっ、と微笑んだ。

肩から滑り落ちた金の髪が、降り注ぐ日の光を受けて、きらと光った。





王族は多忙だ。
親子同士や夫婦間ですら一度も顔を見ないまま一日を終えることなど珍しくもなく、公式の行事でもなければ家族が揃うことなどめったにない。
その「めった」な日が偶々訪れたとしたら、その時間を大切にしたくなるというのは、人情であろう。
うららかな陽射しと、抜けるような青空、花の香りのまじる風。
こんな日に屋内にいるのはもったいないと言い出した皇妃の意向の元、皇自ら卓を庭先に持ち出して、ささやかな、けれど貴重な憩いの時を刻んでいた。


「もう一杯、どう?」

「………いただきます」

母からの誘いに答えて、僕は己の銀杯を差し出した。
嬉しそうに微笑みながら手ずから茶を淹れるその姿は、皇と並び至高の地位に立つ女性には見えない。
もっともそれは自分が彼女の女王然とした姿をよく知っているからにすぎず、見る者が見れば、彼女の高貴さを感じ取るものはいるのであろう。

「美味しい?」

首を傾げて尋ねる仕草はまるで少女のようで、これもまたとても子供を持つ母親には見えない。
ここは衆目とも意見の一致するところで、時折逢う機会のある両親と付き合いの長い者たちは口をそろえて「変わらない」と言う。
どうもそれは外見のみの話ではなく、昔からこういう人だったらしいと、彼らの言葉の裏に含まれたものを察する。

「はい。母上の淹れてくださるお茶は好きです」

僕の応えに嬉しそうに笑って、彼女―――母も、自らの茶器に茶を注いだ。


「あなたは素直に言ってくれるから嬉しいわ。
アシュヴィンなんて、毎回何かしらケチをつけるんだから。
どーせ、リブの淹れたお茶には叶いませんよーだ」

母の苦言に父が澄ました顔で笑っている。
姉もあきれた顔で父を見ていた。
ただひとり、妹だけは両親の会話より目の前の甘い飲み物に夢中だった。

母の茶は、本当においしい。家族の欲目があるにしても、リブの茶とはまた違った美味しさがあると思う。
それを濃いの薄いのと我儘放題に言うのは父の甘えだ。
なにしろ父は母の茶とリブの茶とであれば、迷わず母の茶を所望するのだ。
結局これは犬も喰わないなんとやらというやつで、そんなところに首を突っ込むのは実に馬鹿馬鹿しい。
頬を膨らます母とて本気で怒っちゃいないことも知っているから、僕らは何も言わずにまた茶を口に含んだ。







「う………ん」

茶器の中身も銀杯の中も、すっかり空っぽになったころ。

父のひざの上で、丸まった影が身じろぎをした。
先刻まで父の膝の上できゃっきゃとはしゃいでいた妹は、うららかな陽射しと父のぬくもりとで、すっかり眠りの国に誘われたらしい。
父は妹を慎重に抱えなおすと、父譲りの柔らかな赤毛の髪をそっと撫でた。


そろそろお開きねと片づけをはじめる母を手伝い、姉が卓の上を整える。
母娘連れ立って宮に戻る後姿を見送りながら、僕は卓の上に頬杖をついた。
臣下たちのいる場所ではしないような仕草だが、家族だけだという気安さが気を緩ませる。
それはみな同じのようで、気がつけばこんな時間には両親も姉妹たちもどこか砕けている。



そんな気安さが後押しをしたのだろうか。
普段は胸の中にしまっていることが、ふと口をついて出てきた。

「父上、ひとつ訊いてもいいですか」

「構わんぞ。答えるかどうかは聞いてから決めるが」

「父上は、母上を愛している、のですよね」


脈絡もなく唐突なことを訊いた、とは思う。
案の定、驚いたような顔をした父は、ふっと笑ってそれでもはっきりと答えた。

「―――むろん、この世で一番愛しているとも」

「僕らは?」

言い方が拗ねた子供っぽくなったのを自覚して、なんとはなしに恥ずかしかった。



父は母を―――皇妃を愛しているのだと公言してはばからない。
それに嘘はないと思う。長らく父の妃は母ひとりで、今のところ浮いた話はまるで耳にしない。
そもそも実の子らの前で堂々と惚気る父を幾度も目の当たりにして疑う余地が生まれようか。

けれども僕はさておき姉と妹、つまりは父にとっては娘たちに対する激甘っ振りはこれまた語り草になるほどで。
第一子であった姉が、常世ではなく母の故国である中つ国の後継に決まるまで、相当の悶着があったらしいと聞く。
………主に娘を手放したがらない父のせいで。

姉が後継と定まったとはいえ、いまだ中つ国の王は母であり、国政のために常世に居らぬ日とて多い。
重ねてきた年月の巡る季節の半ばは離れていることすら、珍しいことではない。
僕の目には、母と共にいる父よりも、姉や妹と過ごす父のほうが印象に強く、「母が一番」というのが今一つ実感ができなかった。


僕の問いに、父はふっと笑う。

「決まってるだろう?世界で二番だ。お前たち、みんな含めてな」

「……みんな?」

いまひとつ納得してない僕の頭にその大きな掌をのせて、がしがしとかき回すように撫でた。

「お前も、惚れた女ができればわかるさ」





「あなたたちも、そろそろ戻らないといけない時間じゃない?」

かき回されてぐしゃぐしゃになった髪を手櫛で整えていると、母が姉を伴い引き返してくるのが視界の端に入る。
父の腕の中で眠る妹を預かろうとする母を制して、僕が連れていく、と請け負う。
そっと渡された宝物のような温もりを抱えながら、ふと思い立って、母に顔を向けた。

「母上」

「なあに?」

「父上は、母上をこの世で一番愛しているそうなんですが」

そこまで言っただけで、母は少女のように頬を染めた。
自分の母のことながら、こういう仕草はとても可愛らしい。
この母を妃にしている父ならば、ああも首ったけなのも納得できてしまった。

「それで、僕らは二番目なんだそうです」

「言っておくが、何を言っても変わらんぞ。―――永劫、下がりもせん」

「―――母上も、父上と同じですか?」

半ば答えを予想しながらも、その問いかけをしてみると、意外な言葉が返ってきた。

「私は、世界でいちばん、貴方達を愛しているわよ」

「………それ、父上込みってこと?」

母は悪戯っぽく笑って首を横に振った。

そして、唇に人差し指をあて、「内緒」と笑って、口をつぐんだ。
頭の上に疑問符を浮かべる僕に、母はふふと笑うだけで、それ以上は何も教えてくれない。

「想いが同じであることばかりが、愛の形じゃないぞ」

そう言った父に視線を投げても、澄ました顔で笑みを浮かべている。
その様子から察するに父も母の言葉の意味を知ってるようだが、答えをくれるつもりはないようだ。



「―――自分で考えろってことですね。わかりましたよ」


不貞腐れたように言って、踵を返して宮に足を向ける。
両親に背を向けるその瞬間、顔を見合わせて微笑みあう両親の姿が視界の端に映った。




ざくざくと土を踏みしめて宮へと歩いていると、腕の中の温もりがもぞ、と動いた。

「にいさま」

「―――なんだ、起きたのか」

眠りの国へと旅立っていた妹が、寝ぼけたような眼をこすりながら、見上げてきた。
よいしょ、と抱えなおしてやると、腕の中の少女が、耳元に小さな唇を寄せた。

「にいさま。わたし、かあさまの答え、知ってるよ」

え、と驚いた顔を浮かべる僕に、妹は悪戯が成功したようにくすくすと笑った。
ないしょだけど、にいさまにだけこっそり教えてあげるね、と小さな掌で耳元に内緒話を零れ落とした。



「―――――」





「………そっか」

「ないしょ、ね?」

「―――うん」






想い合うふたりの気持ちが同じなら幸せ、などと誰が言ったのだろう。



―――想いが同じであることばかりが、愛の形じゃないぞ

父の言った言葉が、今漸う、すとんと胸に落ちた。



たとえば、父と母との愛の形のように。
想いの形は違うけれど、それでも二人は幸せそうだから、それでいいのだと思う。






―――あのね。


―――かあさまにとってとうさまは、世界でただひとり、「恋してるひと」なんだって。



今はまだ、おぼろげにしか理解できなかった父の言葉。
いつか、そんな相手が僕にも見つかれば、真に理解することができるのだろう。




気がつけばいつの間にか再び眠ってしまった妹の身体を、両手で抱えて抱き上げる。
今はまだすっぽりとこの腕の中に納まる、幼くかわいい僕のお姫さま。

君は、一番を決める?それとも、唯一を決める?

この娘もいつか家族以外の誰かを心の太一と定めて羽ばたいていくのだろう、とほんの少しだけ寂しく感じて、抱き上げる腕にちょっとだけ力を込めた。










最初の構想では千尋の答えにアシュヴィンが「なにぃ!?」とか慌てる展開にしようと思ってたんですが、どう組み立てても結婚十数年後になるので、そのへんのイベントはすでに経験済み、にしたほうが自然な気がしたのでこんなんなりました(笑)。

あと、本文に盛り込めなかった裏設定をちょこっと。
なんで妹姫が母の答えを知ってるのかってーと、姉姫が恋の相談をしてるのを物陰で聞いちゃったとかそんな感じ。姉姫の恋の相手は八葉のうちの誰かさん。一応決めてはいるけど、続かない限りは書くこともないので伏せておきます。お好きに想像してください。
皇子は初恋もまだなので、アシュヴィンのが言葉がよく飲み込めない。まだまだ家族が世界の中心(ややシスコン気味)。でも両親の睦まじさにはあこがれてて、あんな恋をしたいなぁとか思ってる、父譲りのロマンチスト(笑)
アシュヴィン幸せだなぁこんちくしょう!(笑)





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