おまけのピロシキ










 おや。
 その小さな少年を見て、中華料理屋『易子而食』の店主・林嶺東(リンゴ・ラム)は短くそう思った 。ここらで見かけない顔、というのもあったが、その少年があまりにも“この界隈”にそぐわない様子 をしていたためである。
 彼が店を構えるのは、ヨコハマでも裏の裏の更に裏、といった感のある暗い路地である。この“暗い ”というのは、明るさそのものだけを言っているのではない。各国の港町にありがちなことで、この裏 の街こそ、ヨコハマが世界からあらゆる物、特に表立って口には出せないようなそんな品を受け入れる 場所なのだ。
 それだから、この界隈をうろつく者は、良くてごろつき、悪くて――探せばどこまでも悪い輩は出て くる。そんな街なのだ。
 見たところ、ラムの目の前で落ち着きなくキョロキョロとしているその少年は、小学生か、それとも 発育の良くない中学生か。その幼い顔立ちにこの街特有のすれた色は無く、またその落ち着き無さから 、迷い込んだのであろうことは容易に知れる。もしくは、新しく入ってきた娼婦の息子など。
「ボク、誰か探しとんの?」
 ラムが声を掛けると、びくり、と少年は振り向いた。その反応を見て、ははあやっぱりな、とラムは 一人合点する(もっとも、謎の中国人が何故か関西弁を喋ったことへの驚きかもしれなかったが、その あたりラムは鈍かった)。
「悪いこと言わんで、とりあえずここは出た方がええよ。今からここらでちょい物騒なこともあるし… …」
「あ、その、」
 胡散臭い笑みを浮かべるラムから目を反らすように、少年はもじもじと視線を動かした。数秒の間そ うしていたのだが、それでは埒が明かないと思ったのだろう。意を決した、とでも言うかのように、少 年はばちりとラムの目を見つめた。
「き、キレネンコさんが、ここにいるって……聞いたんです、けど……」
 ――とは言え、その決心もすぐさま尻すぼみになったようだったが。
「キレネンコぉ?」
 一方その名を聞いて、ラムは思わず素っ頓狂な声を上げた。無論、その名の人物を知っていたがゆえ に驚いたのである。ただし、ラムが知っているその名を持つ人物は、2人いたのだが。
「ボク、あいつらに一体何の用があんの?」
「ええと、そのぉ……」
 もじもじと再び言葉に詰まった少年を前に、ラムはぼんやりと浮かんだ自分のアイデアにピンときた 。
(そういうこと、やろなあ。たぶん)
 ともかく、こういう年頃の男の子は“ああいうの”に憧れるものなのかもしれない。ラム自身にも、 確かにそういう覚えがあった。故郷の有名なマフィアに会いに行こうとして、それがばれて親父にしこ たま殴られたのだ。理由なんて覚えちゃいないが、確か母親と喧嘩して、家出してやる、なんて言って 飛び出したんじゃなかったか。
「ボクなぁ、悪いこと言わんで、やめとき。特に“こっちの方”はヤバいわ……」
「で、でも、会わなくちゃいけないんです」
「しかしなぁ。ボクかて、命は惜しいやろ?」
「い、いのち……?」
「せや。あいつに会うっちゅうんはそういうことやで」
「そ、そんなに危ない人なんですか」
「せやなあ」
 危険も危険、さっき言った“ちょい物騒なこと”をしでかすのがその人物だ、とラムは心の中で呟い た。
「でも……でもぉ」
 うう、と、その途端漏れ出していたのは少年の涙と嗚咽だった。そして、それは見る見る間にボリュ ームを増すのだ。
「ちょ、ちょボク……もぉ、いったいなんであいつにそんな会いたいんよ……」
 わあわあと泣く少年を前に、ラムはただ慌てふためくしかなかった。とにかく、こういうタイプの子 供にラムはほとんど接したことがないのだ。扱いが分からない。
 どうしようか、と途方に暮れた目で少年を見下ろした彼は、ふと少年の粗末なジャージの隙間から覗 く腕や足やらに、細かい傷や痣があることに気付いた。
(まさか……)
「……あーもう、わかった! しゃあないなあ」
「じゃあ、会わせてくれるんですか!」
「いや、それはあかん」
「……そんなあ」
 少年の目が再び潤み始めたのを見て、ラムは慌てて手を振って言葉を続けた。
「いやな、兄貴はあかんのよ。今から仕事なん。せやから、弟の方の居場所教えたるわ! ……それで ええやろ?」
「うーん……」
「ええやん! どうせ双子やって、同じやって!」
 放り投げるようにてきぱきと言うと素早くラムは手元にあった紙に“弟の居場所”を書き込み、それ を少年の右手に握らせた。
「あのぅ、」
「あー! しもた! 僕なあ、今からその、仕事なん。悪いけど、その居場所まで一人で行ってな。そ う遠くもないで」
「そのー!」

 更に何か言おうとする少年を振り切るかのように、ラムは店へと逃げ込んでがっちりと扉を閉めた。
(はァ、あいつには悪いけど、ま、しゃあないやろー……)
 額に浮かんだ汗を拭いながら、ラムは少年の肌に浮かんだ傷や痣のことを思い出し、なんとなく平面 的な印象のその顔に深い皺を刻んだ。
(ま、詳しいことはわからんけど……世の中間違うとるわ)
 この街にも、世界中から“輸出”された子供を取り扱う売人は大勢いる。逆に、“輸出”を請け負う 売人も……。無論、それらが“穏便に”、せめて金銭を介した取引によってなされることは少ない。
 この街の闇を思い、そしてその闇に浸かっている自身を改めて自嘲し、ラムは大きなため息をひとつ 吐いた。
 ――実際のところ、彼の考えていたことはめっぽうズレた勘違いで、その“少年”(実際は15歳だ)の傷はここに辿り着くまでに散々転んだりぶつかったりした、ただそれだけだったのだが、まあ、結果的には問題なかったのだから良しとすべきだろう。

「キルー! そろそろ仕事の時間やでぇ! 早よ起きぃ!」




















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謎の中国人の名前は、マキシマムの監督から……
リンゴとラムって、なんておいしそうな組み合わせなの!

手違いで本編よりこっちのアップが遅れてしまいました><
拍手ボタン押していただいて
「あれー変わってないぞ」
ってなった方いらっしゃいましたら申し訳ありません;






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