裏と表






    と表







「忍人さんは私の何処が好きなんですか?」

 麗かな春の午後である。重要案件が認められた竹簡を千尋に差し出した忍人は受け取ると同時に返された質問にきょとんと要領を得ない顔をした。それに千尋は焦れたようにもう一度、同じ問いを繰り返す。

「忍人さんは私の何処が好きなんですか?」
「何処って云わなければ解らないのか?」
「解りません。ちゃんと教えてください」

 忍人と千尋がお互いに想いを交わしてからまだ一週間足らず。恋人という関係を素っ飛ばして、一気に婚約者となった二人の空気は未だにぎこちない。
 そんな状況で真っ直ぐな眼差しで訊ねられて、忍人は戸惑った。答えに窮する訳ではない。千尋の魅力を上げろというのなら、幾らでも数えられる。ただ改めて口にするのは、やはり気恥ずかしいのだ。しかし、千尋は許してはくれなかった。ぐいっと机から身体を乗り出して、忍人の顔を見つめる。

「君は?」
「え?」
「君は、どうなんだ?」
「私、は・・・・・・」

 きっぱりと云い切られ、少しの間逡巡した忍人は質問を質問で返すという卑怯な手に出た。見事な切り返しに千尋は小首を傾げ、それからうっと言葉に詰まった。思い悩む千尋の表情が真っ赤になったり慌てたり真面目になったりとくるくると変わっていくのを忍人は面白そうに眺める。
 敢えて云うならば、忍人は千尋のこういうところが好きだ。毅然と立つ王としての面と愛らしい少女としての面。両方が合わさって、千尋なのだと忍人は思う。千尋が二ノ姫でなければ忍人はきっと好きにはならなかっただろう。だが、姫だから王だからと傲慢にならず、一人の少女として忍人の前で微笑む千尋だからこそ、忍人は好きになったのだ。

「ずるいです、忍人さん」
「何がだ?」
「私が最初に聞いたのに、はぐらかして。私は真面目に聞いてるんですよ」

 ぐるぐると考え込んでいた千尋はぐっと唇を噛んで、忍人を睨み上げた。悔しそうに零す千尋はようやく忍人のずるさに気付いたらしい。
 けれど、上目遣いで見つめられた忍人としては、真剣そのものの表情だとしても、可愛いものに思えて仕方が無い。惚れた欲目なのだろうな、と忍人は心の中で苦笑した。
 胸がふわりと慈しみで満たされていくのに千尋に徐々に絆されているのを実感する。想いが通じ合うまではあんなにも胸が痛かったのに。今ではこんなにも温かい。

「君が答えられないものを俺が答えられる訳が無いだろう」
「ええー!」

 この話はこれで終わり、と小脇に抱えていたもうひとつの竹簡を千尋に手渡すと、千尋は不満そうに唇を尖らせて、手に持った竹簡を開いた。どうやら諦めて執務に励むつもりらしい。パッと表から裏へ返したように少女の顔から王の顔になる。その表情もまた、忍人は好きだった。忍人の望む王の姿だ。
 千尋は竹簡に目を通すと、納得したように小さく頷いて、押印した後に忍人へと竹簡を渡した。それをもうひとつ分、繰り返す。

「それでは、失礼致します。陛下」
「ご苦労様でした。葛城将軍」

 用件を終えた忍人は竹簡を抱えて、場を辞すべく礼を形を取る。畏まった礼を千尋は嫌ったが、こればかりはしょうがない。頭を下げると上から千尋の声がかかる。こちらも堅苦しい公の口上だ。
 けれど、顔を上げて、背を向けるその一瞬。千尋が笑うのが見えて、忍人もまた柔らかく微笑み返した。










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