リアリスト・リアル〜サルベージ企画1〜



「夢を、見たんだ」
ただ唐突にそう言って、ロイはサインの手を止める。
何をするでも無くこちらもまたただ彼の斜め右後ろにたたずんでいたリザは、その言葉に訝しげに、眉をひそめた。
「気付いたら私は、中央にいたんだ。中央の大総統府に。そして君と二人きりだった。だだっ広い執務室に、君と、二人。――そう、まるで今の様に君は私の背後にいて、私は黙々と文書に目を走らせる」
リザの方を振り返ろうともせず、だが執務室内には二人きりな訳でつまりはロイはやはり彼女に向けて、淡々と言葉を紡いでゆく。どうやら彼は、リザの返事を要していないらしい。
「ああ、大総統になったんだったと、思った。窓の外を見やれば空は蒼く澄んでいて雲一つ無くて、だから戯れに君に、一つ命令を、してみようと思ったんだ」
「―――どんな、ご命令を?」
「うん」
浅はかだったんだと呟いてから、ロイは数瞬躊躇い、そして口を開く。
「“今ここで、私の為に死んでくれ”、と――言った」
がたがたがた、と風が窓を鳴らす。
コンクリート造りの建物が、ほんの少しだけ風に揺られて軋んでいた。
「……続きを聞きたいかい?」
「――ええ、是非」
かわらずロイは振り向かない。リザの視線の先の彼の背は、確かに今、微かに。
「……君は、『それはご命令ですか』と私にきいた。そうだ、命令だと、私は笑ったんだ。すると、君はただ一礼して、今まで有難うございましたと微笑んで――ホルスターから拳銃を、抜いた」
「………それで?」
「目の前で、止める間もなく彼女は自分で頭を吹き飛ばして死んだ。私がはっとした時には、彼女はただの肉塊だったよ」
「…なんともシュールな」
「中尉」
「―――はい」
「君は」
――ロイはやっとそこで、黒革張りの椅子をくるりと反転させ、リザの目をみつめた。揺れている、と、思った。
誰が。彼が。彼女が。
否、全てが。
「君は、どうする?」
「何をでしょうか」
「私がそう、命令したら」
どうする、とロイは再度繰り返す。
執務室の扉が、ぎしりと音を立てた。風で歪んだ司令部に、よくある事象。気にも留めなかった。
どうするも何もと、リザは至極真面目な表情で、言った。
「貴方が私にそんな命令を下すこと自体有り得ません。もし有り得たとして――まず最初に、貴方の体調を私は一番最初に考えるでしょうし」
「――そう、だな」
だいぶ引きつった顔で、ロイは笑う。そうだな、君はそういう女性だ。
「うん、だから」
ただ一つ願っても良いか。
ロイはデスクの一番下の引き出しを開け、そしてそこに長い間彼が仕舞い込んでおいた拳銃を、取り出した。かちゃりと安全装置を外し、銃口を真っすぐ、リザの額へと向ける。
「君は、私に殺される以外に死ぬな」
「――善処します」
銃声が、とどろいた。



「―――難しい問題だな、そりゃ」
扉に背を預け紫煙をくゆらせた彼の人のつぶやきは、誰にも届かずに、消える。




END





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