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温もり

気付けば先の見えない闇の中に立っていた。
周囲を見回しても只管漆黒が広がるばかりで明かりのような物は何もない。不審に思いながらも慎重に一歩を踏み出すと、そこで傍と気付く。それがただの暗闇ではない事に。何故ならば、見下ろせば自分の身体を確認する事が出来たからだ。
(・・・んだこれ)
胸中に浮かんだ不安を掻き消そうと頭を振ってみるが、特に何が起こるわけでもなく漆黒は続く。だが、銀時は再び違和感を感じた。着ている服装が、いつもの万事屋の物では無い、まるで攘夷戦争中のような真っ白な衣を羽織っていたのである。さらに手に握るのは木刀では無く闇の中も光り輝く刀。その懐かしくも確かな感触は無意識にも銀時の不安を取り除いた。
しかし、そこで背後から何かが寄ってくるような気配を感じ取った。同時に、ベチャベチャという奇妙な音。警戒し、刀を構えながら反転すれば、闇の奥から此方へ向かってくる躯。亡者のようなそれは身体中から血を滴らせ最早瞳に色は無いのに、確固たる意志をもつように銀時へと刀を振り上げる。
急な事に混乱しながらも、咄嗟に一歩後ろに引いて攻撃を交わす。だがそこで再び恐怖が襲った。引いた筈の身体が何か、ぬるぬるとしたものに接触したからである。
(ひッ!!)
横目で見遣れば、それも今銀時に攻撃を仕掛けたのと同じ、動く躯。さらに同じように刀を振りげて来た為に、慌てて銀時は持っていた刀で其れを斬れば、真新しい血が吹き出し、白い羽織を紅く染めた。最初に襲ってきた躯にも同じように斬激を加えれば、呆気無く地に伏し、そのまま闇へと吸い込まれるように消えていく。
逸る心臓を落ち着けようと胸に手を当てれば、同時に辺りに気配が増えるのを感じた。一体何処から現れたのか、同じような躯が山のように周りを囲み、此方に刀を向けているのだ。
(おいおい、冗談キツイぜ・・・)
一斉に斬りかかってくる其れらを前に、迷っている暇など無かった。自衛の為に次から次へと湧いてくる、亡者を斬り伏せる。死んでいる筈なのに、生者のような真新しい血を飛び散らせていく躯。
己を囲んでいた躯を全て切り捨てる頃には、髪から爪先まで全身が朱に染まっていた。ドロリと重たくなった羽織、濡れて光を亡くした刀。呆然と見ていると、まるで闇の深淵からのような声が響いてきた。

―怨めしや白夜叉・・・

まるで呪詛のように鼓膜へと響く言葉は、己への怨みや辛み。耳を塞ぎたくなるような現象に恐怖していると、さらに声に同調するように、一度切り捨てた筈の躯が再び蘇ってきた。
先程よりも数は格段に多く、声と共に気配も増えていく。慌てて刀を構え、近くにいた躯を斬るが今度は倒れない。ぐちゃと、音を立てて己の刀に肉片が巻き付いて来たのである。
(、う、うぁ、)
生きているかのような生暖かい感触に手を抑えられ、刀を振るう事が出来ない。その隙にと、あっという間に周りの躯は寄ると、血の滴り腐りかけた手を銀時へと伸ばした。腐った身体の何処にそんな力があるのか、骨を折らんばかりにめちめちと音を立てて足や手を握ってくる。
そして、足先から顔面まで全身にその手の感触が回り、闇へと引きづられようとした瞬間、視界は暗転。



次に気付いた場所は、再び暗い世界だった。
先程までの亡者の気配は無いが、その代りに腹の辺りからズキズキとした痛みが走る。亡者に握られていた筈の腕からは生々しい感触が消え失せていたので、手の平を闇の中で数度握り、痛みの元と思われる位置に持っていく。さらさらとした、まるで包帯のような感触。あの亡者に斬られたのだろうか、ならば何故包帯が巻かれているのだと思考を巡らせていると、遠くでカタンと音がした。
先程の恐怖が蘇り、手は自然と刀を探す。しかし動く範囲にそのようなものはなく、その間にも気配が近づいてくる。どうやら其れは1人のようだ。闇の中にいるので姿を視認する事は出来ないが、耳の傍辺りまで衣擦れの音が近付いてくる。
――身体が勝手に動いた。
腹の痛みを思考の隅に追いやり(どうやら寝ていたらしい)身体を起こすと、左手で音を発していたモノの急所――首へと手を掛ける。先程の亡者のようなおぞましい感触は無かったが、そのまま床へと押し倒すと右手で手刀の形を作り、顔面の急所を突こうとした。
「か、はっ、ぎ、ぎん、さ、」
それを止めたのは、自分が押し倒した者の声。
暗闇だった視界に光が射す。見れば、そこにあったのは己に組み敷かれ、首を絞められているお妙の姿。
「ぎ、ん、さ・・・ん゛っ」
絞り出すように掠れた声を出す様子に、慌てて手を離す。げほげほと何度か咳込んでいる間に呆然としながらふと周囲を見回せば、此処はどうやら志村邸のようだった。
・・・亡者など、どこにもいない。さらに徐々に現実世界で途切れる直前の記憶が甦ってくる。
(似蔵や、高杉と殺り合って、それで、ヅラのパラシュートで船から脱出して・・・)
そこまで思い出すと現在の状況が一気に理解出来た。恐らく怪我負い意識を失った自分を、桂や新八、神楽が手当の為に志村邸に運び込んだのだろう。
「、わ、わり、い・・・」
思った以上に動揺した声が出た。漸く呼吸を落ち着けたお妙を起こせば、その横から盆と薬瓶とが転がり出て来る。彼女は怪我の手当をしに来てくれたのだろう。首を絞め殺そうとした事などを、どうやって詫びれば良いのかと狼狽していると、呼吸を落ちつけたお妙はまるで何事も無かったかのように薬瓶を手に取った。
「全く、怪我人なんですから暴れないで下さいな」
指を差された方向、腹を見ればその言葉を物語るように腹に巻いてある包帯からじんわりと血が染み出していた。
先程の亡者の群れは己が見た夢だったのだろう。身体に感じていた筈の生温い感触は夢にしてはリアリティがあり過ぎのような気がしたが、掌の刀の握り具合やぬるりとした血液を浴びる感覚が、久しぶりに刀を持ち殺り合ったことで身体の奥底から呼び出されたのだろう。奥に眠る闘争本能と共に。
「お妙、その、わり・・・」
「何がですか?そんな事どうでもいいから、さっさと横になって下さいな。さもないと傷口が開いて・・・死にますよ(ころしますよ)?」
「あのー、なんか幻聴が聞こえるんだけど・・・」
詫びる暇も与えられずに布団に横にされ、腹に巻かれている包帯を外された。瓶を開け、そこかから薬を取り出し何針か縫われ、それでも血が染み出し始めている傷口へと塗り込めていく。
「・・・三日も眠っていたんですよ。・・・行く前に言いましたよね、もういい大人なんだからやんちゃはする年じゃないですよねって。なにがあったのかは特に聞いてはいないですけど、これ以上あの子たちに心配掛けさせないでくださいな」
「・・・新八と神楽は」
「台所で粥を作ってますよ。すぐにでも飛び付きそうな勢いで、今か今かと銀さんが起きるのを待ってますから」
「・・・傷口広がっちまう」
「心配掛けた罰です。呼んで来ますから、ちょっと待っていてくださいな」
これで処置は終わりだと、新しい包帯を巻いていく。膝を立て、立ち上がると苦笑を浮かべ、お妙はそのまま部屋を出ていった。先程首を絞めてしまった事など億尾にも出さずに。
一人になった部屋で、掌を頭上に掲げた。匂いも、血も、何も付いているわけではないのに、ぬるぬるした感触がある。確かにお妙の首を絞めて殺そうとした感触がある。
消えない其れに、一度瞼を伏せる。あの夢で出た亡者は自分が斬った者達だろうかと、久しぶりの真剣での戦いで、身体が昂ぶっていたのかと、嫌でも重たくなる思考。
すると、ガタガタと廊下からけたたましい音が鳴り響き始めた。
「銀ちゃぁぁぁん!!」
「ぐえっ!」
「か、神楽ちゃん!銀さんの傷口開いちゃうから!」
襖を蹴破った神楽は、銀時が瞳を開けているのを見るなりその胸に飛び込んだ。先程手当を受けた腹へお構い無しにダイブをする。
「良かったヨォ、銀ちゃん、銀ちゃん死んじゃうかと思ったアルヨっ」
痛みはするが、しかしその上でぽろぽろと涙を零す神楽を見て頭を撫でた。新八も傍に寄り、神楽の頭を撫でる。
「んだよ、こんくらいで銀さんが死ぬわけねェだろ」
「だって、銀ちゃん全然眼開けてくれなかったアル。抓っても、叩いても、引っ張っても・・・」
「おめー、俺が寝てる間にそんな事してたのか?」
ツッコミを入れても泣き止まぬ神楽の頬を拭ってやる。すると手が、神楽の瞳から零れ落ちた涙で温かくなる。先程までも生々しさは吹き飛んで、手に残るのは温かさ。
「心配したんですよ、銀さん、」
「わ、悪かったって。そんなお前まで泣きそうな顔すんなよ」
新八も、涙こそ溢さないが瞳を歪ませている。こんなに心配を掛けたのかと罪悪感が浮かび、こんなに心配してくれたのかと手も胸も温かくなった。
「銀さんが悪かったって。もう大丈夫だから、んな、泣かないでくれよ」
困った顔をしながら右手で新八の頭を、左手で神楽の頭を擦れば、二人は銀時の方を見て、嬉しそうに笑った。


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ヘタレな銀さん(笑
紅桜篇後の妄想でした。



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