尾も鰭もない真っ直ぐに伸びた足は気後れで後ずさり、魔法の枷の代わりに臆病心で声は途切れる。

昔々姫だった君をプールサイドで見たとき、ああこの子は本当に泡になって消えてしまうのだろうと思った。

そのくらい君は儚く悲しげだったのだ。


「…のになぁ」

「何ぶつくさ言ってんだ」


キモいぞと背後からチョップを食らわしてくるのは嘗て麗しのお姫様だった男の子。

今では涙もちょちょぎれるほど立派に成長し最早人魚姫というより海の王に近い風貌ではあるが、これでも一応僕の想い人だ。


「おはよう元親。こうして毎朝君を見る度俺の幻想は打ち砕かれるのだよ」


「学校についてまで寝ぼけてる馬鹿に現実見せてやってんだ感謝しやがれ」


なんて酷い言葉だろう。

昔はあんなに慕ってくれたというのに。

ごつくなっても僕は君に現在進行形で初恋中なんだから、もう少し優しく接してくれたって罰はあたるまいよ!


「何考えてやがる」

「とりあえず元親のことかな」


思考をそのまま語るのは流石に憚られるので要約して口にすると元親がものすごい嫌な顔をした。

元親はあまり感情を隠したり偽ったりすることをしないから本気でうわぁこいつマジ気色悪っとか思ったに違いない。


「元親、僕はお前のそういう素直なところが大好きだけど日本人なら少しはオブラートに包むことを覚えたまえ。普通に傷つくぞ」


ステンドグラスのハートが荒波にもまれて擦り硝子状態だ。

いやでもまあ擦り硝子なら不透明だし元親への気持ちを隠すことも容易に…駄目だ僕。

キモい、キモいよ。

恋する男の子は心の中がポエマーでよろしくない。

暫く脳内で自分と格闘していたのだが、ふと何も言わない元親が気になって現実に舞い戻った。

いつもなら秒単位で突っ込みがくるのに。

ついに名コンビも解散かと眉を寄せるとさっきのチョップとは比べ物にならない強さの打撃が僕の頭に炸裂!


「何故に暴力!僕なにかした!?」


「テメェが見てるのはどうせ昔の俺なんだから、俺がどうしようと勝手だろ!」


ワケが解らん。

僕が見てるのは今も昔も元親だが、それがなんだ。

気持ち悪がられるのは分かるとして叩かれる謂れはないぞ。


「大好きとか傷つくとか…一回じっくり俺の姿確認してから言ってみやがれ!」


じっくりもなにも毎日舐めるように見てますがまだ足りないのか。

これ以上じっくりってもう視姦の域に達する気がするのだけれど。


「…君まさか変態なのかい?」

「っ死ね!!」


もう一発キツイ衝撃が脳を揺らし、元親は教室を出て行った。

いや、わかるよ。

嬉しすぎて柄にもなくからかってしまったけれど、わかってるよ君が言いたいことは。


見た目は成長しても君は人魚姫なんだね。



勢いよく立ち上がると椅子が派手な音を立てて転がった。

その音すら今は幸せを告げるファンファーレだ。

怯えた足で近づいて小さな声を振り絞った勇気ある人魚姫を追いかける。



君を泡に返しはしない。

一世一代の王子の告白、もうすぐその背を抱きしめるから。











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まっててリトルマーメイド!

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