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要ゆつきは現在pixivにて活動しております。

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そちらに投稿した小説『世界の終わり』という小説の初稿をどこかに置いておきたかったので、この場を利用することにしました。
あまりに救いが無さすぎて自分で書いてて泣けてきたので没にしたのですが、現在の本誌展開を見ていたらなんだかありな気がしてきたので、供養のために公開します。
pixiv版と比べると、間違い探しのような違いでしかないのですが、個人的には話の進行に矛盾が無いのでこの方が小説としてのクオリティは高いと思います。
違うところだけ読みたい方は4と5を読むのをおすすめします。
ロイアイ目当てのお客さま、すみません。
ゆつきは最近こういうの書いてんだなくらいの軽い気持ちで楽しんでいただけたなら幸いです。まあ、当時のお客さまはほぼいらっしゃらないと思うんですけど!
自己満足ですすいません!



***



 世界の終わり 1



 一日目、よく晴れた日の午後


市場に出かけて買い込んだ。
じゃがいもを多めに、トマト、ズッキーニ、たまねぎにんじんそれからレモン。あとは生姜も欠かせない。絶対に必要なのは調味料だ。塩と胡椒にオリーブオイル。買うのに少し勇気が要ったけれど今日ばかりはうんと贅沢をして、牛乳とバターを少し、ささやかだけれど肉の塊。あとは季節柄手に入りやすかったりんごもたくさん。せっかくだからと砂糖も買った。
一人で持つには手に余る量の食材だけれど、二人きりで過ごす特別な日なのだからこれくらいの贅沢は許されるだろう。二ヶ月分の給料が飛んでいってしまった。特に肉と牛乳が痛い。
それでも気分はすっきりだ。今日と明日は、思いっきり、食べたいものを食べてやる。
「買い込み過ぎじゃねえのか」
あきれたようにリヴァイが呟く。胸元に抱え込んだ紙袋に集中していたせいで気付かなかったけれど、彼はいつの間にかハンジの目の前にいた。手分けをした方が早いからと別々に買い物をしていたのだが、彼も用事を終えたらしい。
「そんなことないよ。余ったら保存の利くものにしちゃえばいいんだ。それにいっぱい買ったけど全部少量ずつだしね。二人分だもの。兵団の食事とは違うさ」
「少量ずつだあ?逆に足りんのか?」
「あなたけっこう大食いだよね…そのあたりは大丈夫だよ。ハンジさんに任せなさいって。計算は得意なんだ。それよりそっちはいいお酒あった?」
「任せておけ」
リヴァイは片手にぶら下げた瓶を持ち上げて見せる。喉の焼ける度数の高そうな液体の瓶が、一本、二本、三本。舐めるようにして楽しむような酒ばかりだ、本来ならば。
「三本!?多いだろ!よりによってきつそうなのばっかり!どれだけ飲むんだよ!」
「このくらいいけるだろうが。あとつまみにチーズも買ったぞ」
「いやいけるけどさあ、夜通し飲むわけじゃないんだから…チーズは嬉しいけど…」
今度はハンジがすっかりあきれてしまう。お互いにたまには贅沢してやろうという気持ちの表れなのだろうが、これはやりすぎではないだろうか。まったく、浮かれている。
「夜通しは別のことをするからな」
「ばーか」
ハンジは狙ってリヴァイの足を蹴るけれど、リヴァイはあっさりと避けてしまう。
「避けるなよ」
「何でだよ」
二人でこんな風に買い物をして、家路につくなんてことは随分と久しぶりだ。まだ役職がつく前、二人揃って非番の日があるときなんかは時々あった。それから段々と休みが合うことも無くなって、二人で過ごすプライベートな時間は夜や朝に限られるようになっていった。それも遠い昔のことのように思えてしまうのだから不思議だ。ついこの間のことなのに。
けれど、今は。今はもうそんなことはない。こんな時間が取れる日が来るなんて夢みたいだ。
「…余ってもとっておけばいいだろう。飲む奴はいくらでもいる」
「そうだね」
手を繋ぎたいな、と思ったけれどハンジの両手は荷物でいっぱいだ。するとハンジの荷物をリヴァイがちらりと見ているのに気付く。
「どれが一番重い?」
「持ってくれるの?」
「俺の片手が空いてる。こういうときは助け合うもんなんだろう」
「…そうだね」
ハンジは遠慮せずに一番重い袋を差し出す。遠慮なんかしたら逆に怒られてしまうし、リヴァイの方がよっぽど筋肉がついていて重いものを持つのを苦にしないのだ。案の定、まだいけるからと胸に抱えた紙袋も取り上げられてしまって、ハンジが持つのは野菜が詰まった袋が一つだけになる。
「うーん、頼もしいなあ」
「家に着いたら鍵開けるのはお前がやれよ」
「それはもちろん……ねえ」
ハンジはリヴァイを見下ろした。見下ろすと言っても10cmだ。たいした距離では無い。そしてもう何年もこうして彼を見下ろしてきたせいで、この距離感にすっかり慣れてしまった。
「腕組んでいい?」
リヴァイは眉間にぐっと皺を寄せて、嫌そうな顔をする。
やはりこうやって街中で公衆の面前でというのははばかられるよな、とさすがにハンジも反省した。
「わざわざ聞かなくていい」
リヴァイが嫌だと思ったのは、ハンジがこうやって少しだけ遠慮をしたことだったのだろうか。いつも通りにずけずけと勝手に手を握るなり腕を組むなり肩を抱くなり頭を抱きしめるなり、何でもしても良かったのか。
せっかく殊勝にしてあげたのに。これからはもう二度と許可なんか得てやらないからな、とハンジは心に決めた。 
「リヴァイって素直じゃないよねえ」
ハンジはリヴァイの腕に自分の腕を絡めた。
「本当は嬉しいくせに」
にやにや笑って見下ろしてやる。いつも通りの10cm。頭のてっぺんにキスでもしてやろうか。
「それはお前だろ」
うっかり先手を打たれてしまった。にやにや笑った頬に一発、かわいらしい、啄ばむキスを。


家に着いて買い物袋をテーブルの上に置く。
リヴァイはすでに掃除の準備にかかっている。キッチン周りは買い物前に掃除を終えたそうで、その一角だけすばらしい美しさを保っていた。思わず小さく拍手をすれば、リヴァイは大変機嫌を良くしていた。
これから家中を掃除するのだそうだ。おそらく下手にハンジが手を出すよりも任せた方がすっきりきれいになるだろう。
その間にハンジがやるのは夕食の準備だ。
キッチンから大きめの鍋を取り出して水を入れる。肉と乳製品を買ったおまけでもらった牛骨と生姜を投入して火をつけた。その間に野菜を必要な分だけ細かく刻んでいく。沸いてきたスープの灰汁を捨てて、その間にじゃがいもを洗って皮を剥き、薄い輪切りにした。
出汁が出たら牛骨の役目は終わりだ。骨と生姜を取り出す代わりにじゃがいも以外の刻んだ野菜を入れて、塩、故障で味をつける。
スープを煮込む間に、じゃがいもをグラタン皿に重ね並べて、細かくちぎったバターを散らす。牛乳を上からまんべんなくかけて塩胡椒を振りかけた。あとはオーブンに入れるだけだが、グラタンは熱々がいいに決まっている。焼くのは食べる直前だ。
あとはパンも焼かなければ。炭水化物は芋で代用とも思ったが、リヴァイはあれで案外よく食べるのである。
生地を練って発酵させて、と手間をかけるには時間が無いので、小麦粉とオリーブオイル、ベーキングパウダーと塩、砂糖少々、残った牛乳をボウルに入れて混ぜ合わせる。発酵なしで簡単に作れるさっくりしたパンだ。教えてくれたのはなんとモブリットである。彼はこっそり料理上手なのだ。牛乳を水で代用できることもあって、よく夜食に作ってくれた。
オーブンに火を入れる。ちゃんと成型しなくていいところが最高だ。以前リヴァイに作ってやったことがあったけれど、彼には珍しく、うまい、の一言が飛び出たのだ。スコーンと似たような食感だったから紅茶とよく合ったのだろう。
オーブンを温めている間に、つまみのチーズを少量拝借、グラタンの上に散らした。勝手に使ったらリヴァイは文句を言うだろうかと考えたけれど、そのくらいでぐずぐず言う人ではないし、おいしければ多分かまわないだろう。
オーブンにパンを入れると、あとは少しだけ時間が空く。
掃除の様子を見にダイニングに足を踏み入れれば、埃一つとして見当たらないすばらしく美しい部屋があった。ダイニングがこの様子なら他の部屋もばっちりきれいだろう。
この家には今日の午前中に初めてやって来たところだった。必要な家具や雑貨は備え付けで、部屋だってキッチンとダイニング、それから寝室とトイレと浴室くらいしかない平屋建て。極力新しくてきれいな家を準備してくれたのはピクシス司令の厚意だ。何から何まで助かってしまう。あくまでも仮住まいではあったけれど、リヴァイはきっとその家具の一つ一つまで磨き上げているのだろうということは想像に難くなかった。
そういえば買い物の前に洗って干した寝具もそろそろ乾いているのではないだろうか。
ハンジが家の裏手に寝具を取り込みに向かえば、そこにはすでにリヴァイが居た。
「あれ、掃除もう全部終わったの?」
「物が無かったからな」
それもそうだ。家具があると言ってもその中身は入っていない。
「手伝うよ」
「もう終わる」
買い物に出たときは日が照っていたのに、もうすっかり夕刻だ。空が赤く染まっている。
「今日はいい天気だったね」
「洗濯物がよく乾いた」
「うん、いいことだ。今日のベッドは気持ちいいね。楽しみだなあ」
「飯はできたか」
「あれ、おなか減った?」
シーツを抱えるリヴァイの顔は相変わらず仏頂面だけれど、なんだか随分と安らかな顔をしていた。長い付き合いでリヴァイの表情の移り変わりも随分と分かるようになった。昔はさっぱり分からなくて、何度も色んな誤解やすれ違いをしたけれど。今となっては笑い話だ。二度と起こらないだろうあれこれを、時々、本当に、ほんの少しだけ懐かしんでうらやましくも思う。過去の自分にやきもちだなんて、リヴァイには口が裂けても言えやしない。
「お前の作る飯は嫌いじゃない」
リヴァイは素直じゃないようでいて、その実、これ以上ないくらい分かりやすい人だ。
それを知ったのも随分前のようでついこの間のような、その昔のこと。
「もうすぐできるよ。腕によりをかけて作ったからね。いっぱい食べてよ」
笑ってそう言えば、リヴァイも笑い返してくれた。
たとえ欠片も表情が動いてなくたって、笑い返してくれているのだ。


オーブンの中身は改心の出来だった。少しだけ拝借したつまみ用のチーズがすばらしいとろけ具合になっている。味見をしようかと思ったけれど、ダイニングをうかがえば酒瓶を開けているリヴァイの背中が見えた。断念だ。
ぐつぐつのグラタンへ一番にスプーンを入れる権利は旦那様に譲ってやろう。貞淑な妻みたいでなんだか悪くない。どうせ貞淑になんて天地がひっくり返ってもなれないのだから、こんなままごとみたいな時間くらいはそうあっても許されるのではないかと思った。
「できたよ」
熱々のグラタン皿をテーブルへ。鍋敷きの上に置いて、温めたスープも用意する。好きなだけ食べられるように、まだ温かいパンはバスケットに入れた。食事のお供にリヴァイが選んだのは、二人で一本空ける予定の蒸留酒。食事に合わせてではなくて、単純にこれが飲みたかったのだろうな、というのが分かる選択だった。
取り皿と取り分ける用のスプーンをリヴァイに渡す。珍しく目を見張ってグラタンを見つめる彼に、一番乗りのプレゼントだ。
「俺が取り分けるのか」
「グラタンの一番乗りはご褒美だよ」
「何のご褒美なんだか」
「そうだなあ、あなたの功績を讃えて、かな」
その一言はリヴァイのお気に召さなかったらしい。一瞬で仏頂面に磨きがかかってしまった。
「分かったよ。じゃあ、この特別休暇を祝して、にしようか。今まで散々昼も夜も無く労働してきた私たちへのご褒美だ。それならいいだろ?」
リヴァイはグラタンとハンジを交互に見つめて、舌打ちを一つ。
「……悪くない」
搾り出すような一言に、ハンジは思わず笑い転げた。


本日二回目の悪くない、はグラタンを口に入れた後に出た。
そうだろうそうだろう、何しろ、今回は大変な自信作だ。
ハンジもグラタンを一口食べる。ほくほくのじゃがいもにクリームが絡んでいい感じだ。新鮮な乳製品の甘さに顔がにやける。
「おいしいねえ」
リヴァイは無言で頷く。スープも一口。野菜がどっさりだ。兵舎のスープとは違って、出汁もたっぷりしっかり取ったのだ。おいしくないわけがない。
「夜会じゃなくてもこんなスープが食えるもんか」
「ええ、あんな高級料理と並んじゃう?」
ハンジの家は田舎だった。田舎にしては珍しいくらいに本がたくさんある家で(これは変わり者だった祖父のせいだ)、自分たちが食べる分の野菜や小麦を常に育てていた。酪農をしている家も近所にあったので、おすそ分けをしてもらったこともある。あのころはまだ食料が今ほど不足はしていなかったので、よくその恩恵に授かっていた。それでも貧しい家ではあったので、こうして兵士になって食い扶持を少しでも減らす必要があったわけなのだが。
帰りたいと思うことは不思議と無かった。ウォールマリアの中にあった小さな家は、すでに失われて久しい。
結局残ったのは、家の手伝いを昔からしてきたおかげで磨かれた食材の扱い方や植物の育て方。祖父の本から得た物理や科学やその他色々なことへの知識、そんなものばかりだ。
「それより美味い」
だから本当にびっくりした。
リヴァイがそんなことを言うだなんて。
リヴァイは貴族や商会のお偉いさんが出るような夜会に出かけることだって少なからずあって、そこではプロの料理人が壁内で最高の食材を使って最上の料理を作っていたはずなのだ。
例えば同じ料理だとしても、スープは牛骨と野菜で何日もかけてじっくり煮込んだものの上澄みだけを供するようなものになるだろうし、グラタンはじゃがいもだけでなくて肉が入っていたり、もっと上等で濃い乳製品を使った口当たりも滑らかなソースが皿に美しく盛られるだろう。
きっとリヴァイが口にしてきたそういうものに比べると、今日のメニューはびっくりするほど簡素な田舎料理だ。
その真意が分からずに、ハンジはまじまじとリヴァイの顔を見つめてしまう。それに勘違いして照れたのだろうか、彼は目をそらして食事を続ける。
「俺にとってはだぞ」
彼はその生い立ちから家庭の味というものが無い人だった。本人はそれを一切気にしていないし、子どものころの幸せな時間が無ければならないなんてハンジも思ってはいない。生い立ちばかりは本人にはどうしようもないからだ。
けれどこうして、ハンジが作った食べ物が彼の身となり血と転じ、もしかしたらリヴァイの忘れられない味になっていってくれたりするのだろうか、と考えるとなんだか胸の奥がむずむずする。
「…うん、嬉しいよ」
こういうのが幸せっていうのかと思って、ハンジは少しだけ、ほんの少しだけ泣きたくなった。












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