わたしを呼んでくれる、低い、低い、キッドさんの声。それだけは、キッドさんの声だけは、どんな雑踏の中にいても聞き漏らさずに拾いあげる自信がある。キッドさん、わたしね、あなたの声が大好きなんです。そう言ったのに、どうしてだろう。ねえ、ねえ、キッドさん。どうしてそんな顔をするんですか。ぎゅぎゅっと眉間につくられた皺、ひくりと引き攣っている白い頬。まるで、苦虫でも噛み潰してしまったみたいな、


「……おい」


ぶっきらぼうに声をかけられ、わたしはぴんと背筋を伸ばした。その赤いくちびるからこぼれる声を一言だって聞き逃すまいと、全神経を集中させる。発する言葉を選ぶように、キッドさんはガシガシと頭を掻いた。


「お前、そんなに俺の声が好きなのか」
「はい! 大好きです!(ニコッ)」
「(すげェ笑顔だ…) 俺の声だけが好きなのか」
「は…、  はい?」


あれ、今なんか変なこと聞かれたような気がする。勢いだけで返事をしそうになってわたしは慌てて口を噤んだ。そんなわたしを見て、チッ、と、鋭く舌を打つキッドさん。なにやらひどく苛立っているようだ。


ぱちぱち目を瞬かせるわたしに痺れを切らしたのか(キッドさんは短気だ)(ついこの間だって上陸した島にあったレストランを一軒潰したばかりだし)(しかも料理が出てくるのが遅かったというそれだけの理由で)(さすがに、そのお店のひとたちには同情を禁じえない)、彼はもう一度口を開いた。


「だから、てめェは俺の声だけが好きなのかって聞いてんだよ」
「…………………」
「コラ。黙ってねェでなんか言え」
「………(ああ、ああ、ああ!)」


叫んだ。もちろん、心の中で。キッドさん、キッドさん、キッドさん! 今のキッドさんの顔は正直言って海軍だって回れ右をするような恐ろしいものだったけれど、それがなんだ、わたしにはなんの問題もない。このひとは、わたしたちの船長は、なんて可愛らしいことを言うんだろう!


「声だけじゃないです。ユースタス・“キャプテン”・キッドが、大好きです!」


大声で断言する。恥ずかしくはない。だって本当のことだから。我らがキャプテン、鉄屑の王様。ねえ、ねえ、キッドさん。聞いてください。わたしね、声だけじゃなくて、自分で聞いたくせにそうやってちょっと顔を赤くして照れるあなたのことが大好きなんですよ!












そのが、仕草が、笑顔が、貴方の全てが、
私を侵蝕していく

( ああでもやっぱり一番は声かもしれない )




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