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一応、しのつぼSSです。

【月見台】



秋の澄んだ空気のせいか、一際、大きく、くっきりとした月だった。

月齢は14.3。

ほぼ満月に見えるが、よく見ると左側の上の方が欠けている。

けれど、そんなことは些細なことだ。

東雲は、月見台で寛いで盃を傾けている、連れの横顔を見やった。



 今日、夕陽が空を紅く染める頃、蕾はやってきた。

いつものような軽装でそっけない態度で、東雲の庵の窓から覗き込んだ蕾は、こう言った。



「今宵は中秋だ。月を見に行かないか」

東雲は、じっと蕾を見つめたまま、何も言わなかった。

「東雲?」

蕾が訝しげに眉を寄せ、声をかけると東雲はくるりと蕾に背を向ける。

そして背中を見せたまま、つぶやいた。

「ええと近習に言っておかないと」

東雲は夕陽に紅く染まる蕾の顔に見とれていた。

頬が夕陽で紅く染まって、恥らっているように見えたのだ。

わたしに対して蕾が恥らうことなどありえないというのに。



そして蕾の案内で、この静かな月見台へと飛んできたのだ。

こんなところに小さな湖があるなど知らなかった。

湖に張り出した庵は、この時期の月の出が正面から見えるように設えてあった。

周りに山や森など月見を遮るものもない。

夜空に昇る真白い月と鏡のような湖面、そして、そこに映る月の影。

それらだけが目に映る。



無心な気持ちで、蕾と酒を酌み交わそうとしたけれど……。

月を見つめる蕾の横顔にそっと東雲は視線を泳がせる。


その真っ直ぐ視線に苦悩の影はないけれど

誰のことを思っているのか

問いは東雲の胸から出て行かなかったが、彼の心に渦巻いた。



何も考えていないような顔で蕾は振り返り、東雲に盃をだまって突き出す。

彼は、そっと酒を注いでやる。

見ていると、一息に飲んでしまった。

蕾はくすりと笑うと

「お前も飲め」

と東雲の盃にも注ぐ。



言葉を交わす必要はなかった。

同じ月の光を浴び、手の届く場所にいるだけでわたしは満足だった。

やがて蕾は、床にごろりと横になって眠ってしまった。

東雲は、立ち上がって蕾の側に行く。



「蕾、つぼみ、起きておくれ」

東雲は、蕾の肩を緩くゆさぶったが、ぴくりとも動かなかった。

「まったく、もう……。自分から誘っておいて」

昇りきった月を見上げた。

「こんなに見事な月をゆっくり眺めずに早々に寝てしまうなんて、無粋だね」

東雲は少し蕾の寝顔を眺め、ため息をついた。

でもこれで、月を一心に見つめるきみの姿を見ないですむとほっとする自分がいる。

そのまま、そこへ座ると蕾の頭を自分の膝に乗せた。

床の上じゃ、固くて頭が痛いだろうから……。

そして手酌で残った酒を飲み始めた。

昇りきった月を正面からじっと見つめる。

わたしも月を見ると胸をよぎる想いはあるけれど……。

東雲の右手には盃。そして左手は、自然に蕾の髪を撫でていた。




……まったく。

仕方がないじゃないか。


月を眺めるたびに横から、もの問いたげな視線を送られてはたまらない。

あの方のことが胸をよぎらないわけではない。

けれど今宵は、ただお前のそばにいたかったのだと

なぜ、わからないのか。



頬に当たる東雲の温もりと髪を撫でる優しい手を感じながら、

告げることのない想いを蕾はそっと胸に収めた。



                                    了。


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