A rose bud



『ハーフエルフだから。』

聞き飽きた。
何度も何度も聞かされて。
挙げ句。
エルフの村に住むことすら、許されなかった。


【a rose bud】



「よいしょ。」

月が光る中。
城壁を登ったところで一息つくと、
少女は悪戯っぽい笑みをその顔に浮かべた。
「へへん。こんなの、ちょろいってば。」
見上げると、大きな城。
てっぺんの方に、一つ、明かりを零す小さな窓がある。


「…兄さん…。」


その窓に視線を送りぽつりと呟くと、
少女はひょいと城壁を越して城内へと入っていった。




『エルフじゃない。』

『人間じゃない。』

『出来損ない。』


次々と発せられるその言葉は、
小さな少女の心に深く傷を付けた。

だからこそ、『本物のエルフ』は大切にされた。

『僕は出来損ない。』

『でも、兄さんは本物。』

教え込まれたも同然。
何度、その言葉を繰り返されただろうか。


音を立てずにするすると城内を回る。
そこは、一応ハーフ『エルフ』の端くれ。
魔法がそれほど使えずとも、そのぐらいはできる。

「いつか、堂々と歩いてみたいなぁ…。」

周りを見渡すと、綺麗なドア。
廊下、電燈、絨毯…。
村では見慣れないモノばかり、目につく。

―――もし、自分が本物のエルフだったら。

もし、もし、もし…。
城に来ると、総てが『もし』で形成される。
…しかし、総て最後は『けれども』に繋がる。

―――けれども、自分はハーフエルフだから。



肩から提げられた大きな鞄には、何通もの手紙がある。
腰まで伸びた朱色に近い赤い髪は、
大雑把のようで意外と丁寧に三つ編みにされている。

そして、僕という一人称。



「僕ね、兄さんがいるんだよ。」


決まって、そう語る時の彼女の瞳は輝いていた。


凛々しくて。

優しくて。

強くて。

本物なんだ。



僕とは違って。





最後にそう付け足す彼女は、笑っていた。
哀しそうに、寂しそうに、笑っていた。




「そこで、何をしている?」


しまった。
びくりと反応すると、彼女はゆっくり後ろを振り向いた。
適当にまとめられた、月光りを跳ね返す、銀の髪。
光を受けて煌めく、深紅の瞳。

「あ…。…こ、こんにちは。」

ぺこりとお辞儀をすると、少女はにこりと笑んだ。
青年の視線が、ふと少女の鞄へと移る。
「ぇ、えと…。」
「郵便の者か?」
「あ、はい。」
低いトーンの声。
けれども、聞いていて飽きない声。

―――兄さん。

少女が、心の中で彼を呼ぶ。
繰り返し、繰り返し。
気付いてというように、切なげに呼ぶ。
「門に警備がいたと思うのだが。」
「あー。そうでしたか?気付かなかったなぁ。」
「どうやって入ってきた?」
「さぁ?どうやってでしょう。」
青年の目が、品定めするように少女を見る。
赤い髪に、そして水色の双眸に。
二重に着込んだ、黒い長袖に白い半袖シャツ。
肩から提げられた大きな鞄と、
裾に切れ目の入った長ズボン。

「お兄さん、仕事に戻らなくて良いの?」

その視線を遮るように声を発すると、
少女はもう一度青年に向かって笑んだ。
「…あぁ。…おまえ、すぐに城を出るんだぞ。」
「…わかっていますとも。」
青年の言葉に肩をすくめると、
少女はくるりと向きを変えた。



「気をつけて、リーズ。」





「…ぇ…?」


少女が振り返った時には、
すでに青年の姿は跡形もなく消え去っていた。
振り返ったままで、少女は微笑んだ。



「…ありがとう、兄さん。」





きっと、青年は分かったのだろう。
あの短時間で。

少女は自分の妹だ。

…と。
そして、『気をつけて。』。
他に何も言えない代わり、言葉にできない代わりに、
『気をつけて。』と、それだけいったのだろう。

そして、少女もそれを悟ったのだろう。
だからこそ、『ありがとう。』。




過去の『ありがとう。』と、

現在の『ありがとう。』と、

未来の『ありがとう。』と。


この先口にすることの無いだろう『ありがとう。』に、
少女は一人、思いを馳せた。

―――刻々と過ぎていく時間。




「…かーえろっと。」



もう一度そっと振り返ると、
少女は元来た道を帰るべく、歩を進めた。

『気をつけて。』

『ありがとう。』

何処か繋がっていなく、それでも繋がっている言葉。
もう会うことが無いかもしれない兄の顔を心に刻むと、
少女は目を綴じてそっと唇を動かした。





『ありがとう。』










end



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