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黒猫の奇跡
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「あっ!待ってくださ……ちょっと、苦しい……」
「美夜さん、我慢ですよ」
「むりですょ……ちょっとこの紐緩めて……」
「そこを離しては自由になってしまうでしょ?」
「でも、痛苦しいの嫌いなの!」
「我侭ですねぇ。それなら……っ……と、これでいかがですか?」
「ダメですぅ……腕がこれ以上あがんない。やっぱり一度脱ぐしかないかなぁ。」
「………もう一度その姿が拝めるのでしたら喜んで紐を解きましょう」
「大神さん、いやらしいですよ……。まるでオヤジですね」
「………そのような意地悪を言うお口は塞いで」
『いい加減にしないと、休みが終わっちゃうと思わない?』
大神が言い終わらないうちにピピピッといつもの合図で携帯がなった。
ソファーで欠伸をしながら耳の後ろをカリカリと器用に掻いている黒猫を見つめ、ようやく解かれた腰紐の苦痛から開放されて美夜はその場で真っ赤な振袖を脱いだのだった。
緑と黄緑のあしらわれた襦袢姿もなかなかなもので、大神が唸るのも仕方ないといえよう。
内心、この黒猫もその膝に座りたいと考えて隙を狙っているのは確かなのだから。
案の定、数秒とたたないうちに「とんっ」と体重を感じさせない動きでソファーから飛び降りると、狙い付けていたその太腿へ辿り着くべく行動を開始したのだった。
年越し蕎麦を食べ床に就いたのは遅い時間だった。
朝早くから初詣に行くとかで寝ついてまもない時間に叩き起こされ、あれよあれよというまに、着付けの時間となったのだが……
この、大神。
何でもできると思っていたが苦手なものがあったようだ。
本を読めばわからない事はないとまで豪語していた彼らしくもなく、着付けの本には理解不能の単語が並んでいたらしい。
それに、着物を着ている人自体見たことがないらしく、本だけでは完成形が想像つかないのだとか。
すでに初詣そっちのけ。
朝起きては着付けに付き合い、夕飯食べれば買い漁って来た着付けの本に向き合い、お風呂に入れば「下着は付けていないでしょうね!」と確認までする始末。
いい加減大学が始まるのだが……
2008年
まだ初詣に出かけていません。
彼が納得するまでには、後どのくらいの時間付き合わねばならないのか。
美夜は黒猫を撫でながら溜息をつくのだった。
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