「鼓動」
路神の庭の小さな畑に寒風が吹きすさび、細く伸びた枯れた雑草を激しく揺らしている。
亜熱帯の鉱山町にまで寒波が襲い、町は珍しく冬将軍が襲っていた。砂漠の夜の冷え込みとは質の違う冷気が町を覆っている。
ゾルフは家の軒で寒そうに震えていたが、近寄ってきた小さな雌鳥たちを手招きして自分の膝に乗せた。軽く抱きしめると、ふわふわの羽とその内から湧き出る暖かさに思わず顔がほころぶ。
「・・・ああ、あったかい。」
白い息を吐いて愛しげに鶏の背中にほお擦りしていると、こんな時期なのにタンクトップ一丁の路神が寒そうに駆け寄ってきた。そして、うとうとしているゾルフをいきなり抱え上げて遠慮なく抱きしめる。
「うわあ!」
不意打ちの攻撃でゾルフは払いのけようとしたが、路神の腕力はとても強くびくともしない。しばらく無駄な抵抗を試みるが、硬い腕は石像のように動かない。
「ラバス、何するんだ離してよ!」
「ああ、暖かいこと。」
そんな手前勝手なことを言ってゾルフの柔らかい髪に頬を摺り寄せている。微かに伸びたヒゲが頭皮に当たって気持ち悪い。振り払おうにもがっちり掴まれてしまい、首を振るしかできなかった。
路神は身動きができないゾルフに覆い被さり、いよいよ息苦しくなってきた。ゾルフが抱いている鶏も苦しそうに首を振ってもがいている。
暑苦しい体温の先に路神の鼓動が聞こえる。自分の鼓動よりずっと遅いが力強い鼓動だった。奇妙に心が穏やかになる音だった。
路神が自分をどう思っているか分からない、たんに利用しようと目論んでいるだけにも見える。しかし、彼の体温にはそれ以上の何かを感じる。
ゾルフは抵抗を止め、じっと息苦しい中で鼓動を聞いていた。やがて自分と、自分が抱く鶏の鼓動が同調し、寒風の冷たさを感じなくなった。ここは小さな家郷だと思う。
しばらく目を閉じていたら、路神は満足げに頬を摺り寄せてきた。
「・・・ああ、やっぱり子供は暖かくて良いですね。良い懐炉ですよ、実に暖かい、」
せっかくこちらがいい気になっていたのに、人を懐炉扱いするなど失礼極まる、ゾルフの堪忍袋の緒が切れて、その場で勢いよく立ち上がった。
遠慮なく路神のあごに頭突きを入れ、声にならない叫び声を上げて路神はうずくまっている。
「これでも抱いてろ!」
情けなくうずくまる路神の頭に鶏を置いて、ゾルフは荒々しく扉を開けて家の中に入ってしまった。
「・・・な、なんでこんな目に・・・」
呆れたように喉を鳴らす鶏を頭に乗せたまま、路神は恨みがましく呻いていた。
(おしまい)。
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