Thanks For Clap!!

高尾SS




 がやがやとるさいのは居酒屋の特徴だ。食器のぶつかる音に、誰かがコールをかける音、きゃぴきゃぴとした話し声。耳を攻撃しているとしか思えないそれらに、私はむすりと膨れたまま、ぐびぐびとビールを咽に流し込んだ。ぷはぁ…………苦い。


「ちょっとあんた、一気飲みなんてして大丈夫なの?」
「うるさいデース。ほっといて下サイ」
「ったく……。ホントあんたって顔に出るよね」


 親友の、ため息混じりのセリフは完全に無視した。私の視線は、先ほどから卓上の枝豆に注がれている。べつに、枝豆が食べたいわけじゃない。ただ、顔を上げると、彼を眼で追ってしまうから。そのふわりと揺れる黒髪を眼で追って、彼のおかれている状況に気がついて、結局イライラするのがわかりきっているから、だから私は一心不乱に、まるで親の仇なのかというくらいに、皿に盛られた枝豆を睨みつけているのである。しかし、視線はどうにかできても、耳に飛び込んでくる音ばかりはどうしようもなかった。食器のぶつかる音に、誰かがコールをかける音、そして、きゃぴきゃぴとした、話し声。


「かずなりくぅーん! 呑んでるぅー?」
「イェー! 呑んでる呑んでる!」
「ね、こっち来ていっしょに呑もうよー」
「ちょっとまってって! いま高尾は俺らと呑み比べしてんだって!」
「だめだめー! 和成君は私達と呑むのー!!」


 ミシリ。握っていた割り箸がイヤな音を立てた。となりに座っていた親友が呆れたような視線をよこすけれど、そんなのおかまいなし。枝豆から視線を引き剥がして、声のする方をギッと睨みつけた。ああ、いた。茶髪の女のコたちに混じる深い黒。声も姿も、すぐわかってしまうのが今はこんなにもむなしかった。真っ赤になった和成が、彼女たちのグラスにカクテルをそそぐ。下がりきった目尻に、楽しそうに緩められた唇。伸びきった鼻の下に、またむくむくと苛立ちが募る。


「あんたねぇ……見たくないなら来なきゃ良かったでしょ」
「だって、そんなの、無理、」
「ハイハイ。サークル内恋愛も大変ですね」


 なんの感情もこもっていないそれに、言葉につまった。サークルの飲み会なんて珍しいことではないし、いままで何度だってしてきた。後輩たちが和成に話しかけてるなんて、気にしたことなど一度もありはしなかったのに。


「だって、他のサークルの女の子、完全に和成のこと狙ってるんだもん」


 サークル同士の飲み会だなんて、これ以上厄介なものなどあるのだろうか。同じバスケサークルだからといって、所属している子の毛並みまで同じとは限らない。今回いっしょに呑むことになったサークルの女子は、茶髪にパーマの子が多く、化粧も濃く、爪やら携帯やらがデコられている、いわゆる、


「肉食系、って感じだもんねぇ」
「和成が……喰われる……」
「あんたの彼氏も肉食系でしょ」


 それとこれとは話が別じゃあないのかね。神妙な顔つきでそう述べたけど、親友は無言で軟骨の唐揚げを頬張っただけだった。なんだよう。ぶすくれた私は近くのピッチャーからビールを注ぐ。呑みすぎないでよ? 親友の言葉に無言で頷いた。ぐび、と一口ビールを飲んでから、顔をしかめる。やっぱり苦い。おいしくない。ビールを発明した人は、なんでもっと甘くつくらなかったのかな。べつにカクテルのピッチャーもあるのだけれど、それはお盛んなオネエサンたちに差し押さえられてしまっている。わけてもらうのも気がひけたし、何より近づきたくなかったのだ、彼女たちに。彼女たちに近づくということは、彼に近づくのと同義である。それだけは御免こうむりたい。


「ううう、やっぱりまずい」
「馬鹿ねぇ……」


 ビールがまずいのも、いらいらしてるのも、ちょっぴりさびしいのも、ぜんぶ、ぜんぶ和成のせいだ。離れたテーブル、へらへらと笑う和成に、おしぼりを投げつけたくなった。ううう、ずるい、ずるいよ、和成は。気さくなところも、みめかたちが整っているところも、気がきくところも、バスケが上手なところも、顔はすぐ赤くなるくせに、実は酒に強いところも、ぜんぶずるい。その上、その事実を理解したうえで酔ったように振る舞うのだから本当にずる過ぎる。空気呼んで盛り上げたりとか、いろんな女の子に話しかけたりとかして、そんなの、おんなのこだったら、誰だって勘違いするんじゃないの。私がひとめぼれしたんだから、ほかの女の子だって、しちゃうんじゃないの。ひとめぼれ。注文とったり、お皿運んだり、よく動いてるのに、女の子たちが気づかないわけないでしょ。


「ばーか、ばーか。かずなりのばーか」
「小声で言ったってしょうがないでしょ。ていうか、あんた、呑みすぎ」


 伸ばされた友人の手から、守るようにしてビールジョッキを抱き寄せた。これをわたしてなるものか! これは、今精神がずたぼろになってる私の唯一の友達で、


「あ、」


 次の瞬間。突然ぐいと腕を引かれて、意味のなさない声が口から飛び出た。ふわりとかおる、嗅ぎなれた香水。間違いない、これは、あいつだ。かれこれ三十分以上前から私を苦しめ、悩ませている原因の最たるものである、あいつにちがいない。ぐるりとアルコールの回る頭で彼を罵倒しようと口を開いたけれど、それよりも早く熱い息が耳を掠めた。


「呑みすぎだ、バカ」


 ひ、という悲鳴は呑みこんだ。低い、少し怒ったような声が鼓膜を逆撫でする。それでも、そのざわつきは一瞬で消え去った。ばっと振り返って、和成の顔を正面から睨みつける。半眼でこちらを見つめる彼、その視線を正面から受け止めた。一瞬のビビリは、アルコールで掻き消える。なにようなによう! さっきまでほったらかしで、自分は女の子たちと楽しそうにしておきながら、私がお酒を呑むのは気に食わないってか! ああそうですか、そうですか! でもね、私だってね、やきもちくらいね、妬くんですよ悪いですか! いや、悪くない! 悪いのは和成であって私ではない!! バカは和成の方だ!


「あのね! バカはかず、」


 和成の切れ長の瞳が近付いたと思ったら、ちゅ、とかすめるように重ねられる唇。微かな熱に、ぱちりと瞬きをひとつ零した。触れたと思ったそれは、すぐさま離れていく。ピュウ、と友人が口笛を鳴らしたけど、和成の口はへの字にひんまがったままだった。不満げなそれと、釣り上がった眉に、思考が働かない。ちょ、っと、いま、一体なにが、おきて、


「あと、あんまり男に近づくなよ」


 この、酔っ払い。
 ぐ、と鼻をつままれて変な声が漏れた。中央のテーブルから、彼を呼ぶ声が聞こえる。にやりと笑った和成は、背後を振り向いて短く返事をしてから、くしゃりと私の頭を撫でた。そのまま背を向けて、声のした方へと歩み寄る。その背中を、最後まで見ることはできなかった。私の視線はまた、卓上の枝豆へと注がれる。でも、さっきまでと違うのは、


「ラブラブじゃないの」
「うっさい」
「顔、真っ赤よ」
「お酒のせいだもん」
「はいはい」
「和成のバカ」
「あんたたち両方ともバカよ」


 正真正銘のバカップルね。
 笑いを含んだ呆れ声を聞くまいと、私はジョッキのビールを一気に呑みほした。
 怒り心頭の彼に背負われて帰るのは、また別の話。







130207 下西ただす







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