「アカギさんアカギさん、よかったらこれどうぞ」

そう言って彼女は俺に向かって何かをぐい、と差し出した。
……いつもよりも長い時間風呂に浸かっていたからだろうか、どことなく頭の中がぼうっとしている。

「……コーヒー牛乳か」
「はい! 一昨日二本買って、この間私久しぶりに飲んだんですけど、これ美味しいですよね。」

特に何も考えず、それを受取ろうとして一瞬その手が止まった。

恐らくこれは元々、彼女は自分用に買っていたんだろう。 不定期に自分の元に訪れる俺の為にと思って買っていたとは考えにくい。
下手すれば、一か月以上ここに来ない時もあるのだから。


――この間ここに来た時にだって、気がつけば彼女は一つ年を取っていた。 ……何年か前に交わした、なんて事のない会話から聞いた誕生日。
俺自身がそういう事にあまり縁がなく、疎いからなのかすっかりとその日の事も忘れていたのだ。
……というよりもそういう勝負事に本腰を入れている時は彼女の顔すらも思い出していないが。


今までに出会った女からは、「昨日が誕生日だった」という事を言われたら(無論、大方が本当ではないだろうが)、適当に金を突きだしていた。
面倒にならないし、結局は一番相手が喜ぶからだ。 一瞬戸惑ったとしても、何分か後には笑ってそれを受け取っていつもよりも機嫌よく俺に擦り寄ってくる。

何人かは「馬鹿にしているのか」「分かっていない」等と罵声を自分に浴びせて去って行ったが、それはそれで気楽でよかった。 簡単に清算できない関係など、自分には必要無い。
……かといって、前者のような人間も結局鬱陶しい事にかわりはないのだが。


自分でも、そういう関係を手軽に済ませたがる行為が世間では、夢のない厭味ったらしい行動だと分かっている。
だが、そうと分かっていても何をしよう、変えようとも思わなかった。
これも"夢のない厭味ったらしい"結論なのかもしれないが、自分なりに生きていく事に関してそう必要な事でもないからだろう。


……ちなみに、彼女は自分の誕生日の事を口に出して俺に言う事はなかった。

逆に気付いたのは、カレンダーを何とはなしに捲っていた俺の方で、その事を彼女に言った時も『あ、そうなんですよ。 一年って早いですよねぇ。 そういえば近所の子がもう小学生になってて――』と、話題を流されてしまった。

もう、そう小さい子供でもないし、彼女にしてはもう誕生日などどうでもいい事なのだろうか。 けれど、自分よりも年下でまだまだ若い、そういう年頃の女だ。 どうでもいい事とは考えにくい。

それとも、俺自身にそういう類の事を最初から期待してはいないのだろうか。
曲がってしまっている自分にとって、そういう気遣いは有難いはずなのに、どこかで複雑な気分になっている自分がいた。



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