有難うございましたv






エンジェリック・ヴェール (オージェル×フィオ)






「じゃあ、そういうことでお願いね。 詳細はそこに書いてあるから確認しておいて」
 そう言って書類を渡してくるフィオは俺の瞳を見ない。 それでも粘って彼女を凝視め続けたが健闘虚しく、
フィオは一度もこちらを見ることなく、じゃあねとそっけない態度で踵を返し去っていく。
「はぁ・・・・・・」
 俺は、ここ数週間で何度繰り返したか分からない大きな溜息を懲りずに吐いた。
「一体、何だっていうんだ・・・・・・」

 幼馴染と視線が合わない。

 そのことに気付いたのは何時だっただろうか。
 特段、気にしていたわけではない。 ただ、ある日ふと、その事実が目の前にあったのだ。
 口元に笑みを浮かべている彼女は何かに怒っているようには見えず、けれど俺を視界に入れようとは
決してしない。
 何が原因かも解らないから対処のしようがない。 そして、とりつくしまもない。八方塞がりだ。









「で、わたくしの所に来たと」
「・・・・・・・・・・・・申し訳ありません」
 にっこりと微笑む年下の主に、俺は居たたまれずも他に方法が浮かばず俯いたまま謝罪の言葉を
述べた。
「こんなことでエリーゼ様を煩わせてしまうなどとは、大変心苦しいのですが・・・・・・」
「いいえ、オージェル。 いつもあなたに護られてばかりのこの身を頼ってくれるなんて、わたくしはとて
も嬉しく思っています」
 限りなく私的な相談を持ちかけた臣下に呆れるでもなく、それどころか寛大な様子でにこにこと更に
笑みを増す女王は本当に良く出来た女性だ。 まだ少女と呼ぶほどの年であるというのに、置かれた
立場を難なく受け入れ周囲や民を正しく導いている。
「それで、フィオのことでしたね」
「はい・・・・・・俺にはもう、どうしていいのか・・・・・・」
「数週間前から彼女はあなたを全く視界に入れず視線を逸らし続ける。 しかし、怒っている様子は一
切なく、それさえ除けば他の人間と等しく普通に接してくるので訳が解らない・・・・・・・・で、合ってます
か?」
 事実を確認する彼女に、間違いないと肯定した。
「・・・・・・・・・・仰る通りです」
 ・・・だが、何となく。
 主の言い回しが、何となくだが少しだけ俺の心に引っ掛かったのは何故なのだろう。
「エリーゼ様、これは・・・・・・」
 何故か困り顔で彼女の隣に控えていた近侍仲間であるユズリハさんが声を掛けると、女王は腑に
落ちたという様子で大きく頷いた。
「オージェル」
「はい」
「今回の件、あなたには難問かも知れませんが、わたくし達に言わせれば至極簡単で、かつ微笑ま
しいというか、もどかしいというか、というより他人が首を突っ込むと要らぬ怪我をするというか」
「は?」
 言われた意味が解らないが、女王の様子を言葉にするなら、ふう、やれやれとでも言いた気である。
 何故だ。
「あの・・・・・・オージェルさん、宜しいですか?」
「はい」
 苦笑する主に続き今度はユズリハさんに名を呼ばれ、見れば彼女は困った人物を見るような憂いを
帯びた瞳で微笑んで、こほんと一つ咳払いをして言った。
「妙齢の女性が特定の男性を前に意識して視線を逸らすというのなら、考えられる理由は二つありま
す」
「二つ、ですか?」
 即座に二つも答えが出てくることに軽く驚いた。
「ええ。 一つは、瞳も合わせたくないほど本気で嫌悪している相手である。 そして、もう一つは」
「・・・・・・もう一つは?」
「好きな人に、溢れそうな恋心を悟られまいと必死で隠している」
「・・・・・・っ!」
 その瞬間、まるで雷に打たれたような衝撃と同時に、言い様のない甘く苦しい衝動が背筋を駆け抜
けた。 この感覚を、何と表現すればいいのだろう。
 女王は微笑む。
「彼女の行動がどちらに起因するものなのかは、あなたならもう解るのではありませんか?」
「すみません! 失礼します!」
 何たる朴念仁と罵られる前に、俺は無礼を承知で挨拶もそこそこに女王の執務室から慌しく退室
した。 遠くの方から、頑張って下さいねと声が聞こえた。
 件の人物を探し、狭くない離宮の中をひたすら走る。
 鈍いにもほどがあると言われても仕方がない。 自分でも、その自覚がある。というか、いま自覚
した。 とんだ間抜けだ。
 だが、言い訳をさせて貰えるなら、俺は自分も好かれているのかも知れないという考えがまるっき
り抜け落ちていたのだ。
 自分はもちろん恋愛対象として彼女を好いている。 しかし、彼女もそうだという可能性に至らなかっ
た。
 彼女は俺の初恋で、愛する唯一の女性だ。 もちろん、二人の将来を想像したこともある。
 しかし、恋をして、告白をして、付き合って。
 相手を想うだけで満足して、そんな普通で当然の流れを自分のこととして当て嵌められなかった。
 こんな男を、彼女はどんな想いで見ていたのだろう。
 視線も合わせられないほど、どれだけ追い詰めたのだろう。
 報われないのだと、いくつの絶望に襲われたのだろう。
 許されるなら、今すぐにでも側に居させて欲しい。
 離れないでくれと叫ばせて欲しい。
「っ・・・・・・フィオっ!」
 今まさに自室に入ろうとしている彼女を見つけ名を呼ぶと、その身体が目に見えてびくりと震えたの
を見逃さなかった。 返事もなく、けれどちゃんと呼び掛けに応じ立ち止まってくれた彼女は、それでも
やはりこちらを見ようとはしない。
 走り続けたせいで少し息が上がったまま、やっと捕まえたフィオの腕を掴んでぐいっと引き寄せると、
あれほど欲した彼女の瞳が俺を捕らえた。
 見慣れた、緑褐色の瞳。
 それは、今にも泣き出してしまいそうなほど儚く揺れていた。
 言葉を発したら何かが堰を切って零れてしまう。
 だから視線を逸らすのだと、唇を固く結び俯いた彼女の表情が雄弁に語っている。
 フィオの性格を考えれば、これほど解りやすい主張はなかったというのに、それに気付かなかった
己の愚かさを呪いたくなった。 そして同時に歓喜も湧き上がる。
 この手を離さずに済むのだと。
 思い描いた夢に向かえるのだと。
 抱き締めて俺の心を打ち明けたら、彼女はどんな表情をするのだろう。
 想像を現実にする為、俺は未来の恋人へと両手を伸ばした。





ついでに一言あればどうぞ。(お返事は日記にて)

あと1000文字。