もし○○が酒を飲んだら?
彩雲国弟主の場合(1)
夜中不意に目が覚めた。
は自分が目を覚ました原因について探ろうと体を起こす。
意味もなく目が覚めたとは思わない。
必ず外界からの刺激があったはず。
案の定、この深夜に人の話し声が聞こえる。
「静蘭と父様、母様も」
もぞもぞと起き上がると一番薄い掛け布を体に巻いて部屋を出る。
これはにとってのセーフティーブランケットだ。
自分の匂いがついているものだからこそ安心する。
そろそろと部屋の扉に耳を当てて様子を窺うと、突然扉が開いて後ろに尻餅をつく。
「若様、何やってんですか、こんな時間に」
静蘭に抱き起こされると、ちょっぴりバツが悪そうに頬を掻く。
「声が聞こえて目、覚めた」
通常聞こえるわけがない距離であっても誰もそれに突っ込まない。
の五感は異常な程に発達しているからだ。
そう、視覚・味覚・聴覚・嗅覚・触覚から視覚を抜いて、第六感を足した五感は。
「何やってんの?」
「え゛」
まさか賭け事兼飲み比べです、とは言えるわけもない。
一目見ればわかってしまう室内の状況は、部屋にさえ入れなければはわかりようもない。
「オトナの事情デス………」
「じゃあ静蘭も立ち入り禁止だよ」
「私は子どもじゃありませんから」
「世間一般にはまだ子どもという」
ひゅるん、とウナギみたいに体をくねらせて静蘭の腕から抜け出る。
卓の上にお茶碗と賽子が三つ置いてあることを確認した。
「チンチロリンだ」
の言葉に静蘭を含む大人達が一斉に振り返って、を凝視する。
「トランプとかカルタとかが出来ないから、サイコロ使った遊びならいっぱいやったよ」
手の中で何度か転がすと、それを空中に放り投げる。
それは陶器の器に当たる独特な音を響かせて、器の中に収まった。
「一が三つのハズ」
一家が器を覗き込むと、の宣言通り出目は一が三つ。
愕然とする周りの気など知らずはえへへ、と得意気に笑う。
「母様、勝負する?」
挑戦的な我が子の言葉に、薔君の中の何かに火がついたらしい。
「ふっ、それでこそ妾の息子じゃ。肉親とて手加減はせぬ、そのつもりでおれ」
「あの、君ね」
「望むところだー!お兄ちゃんが自信喪失して双六やらなくなるくらい得意なんだからね!」
「何を言っているのかてんで分からぬが、良い度胸じゃ!」
「奥様、子ども相手に」
邵可と静蘭の制止も聞かず、と薔君はいそいそと器の前に座る。
「親は妾でよいな」
「いいよ」
こうして親子対決が始まった。
「お、奥様が連敗………」
「うーん、これはしょうがないねえ」
「しょうがないって、どういうことです?」
「ほら、を見てごらん」
邵可に言われて静蘭が今まさに賽子を振ろうとしているを見る。
そしてその手から綺麗に放たれた賽子の目は、器の中で一、一、一。
即勝ちの出目を揃える。
「……………?」
「おや、わからないかい。はまったく同じ持ち方、角度、強さ、高さ、速さで振ってるんだよ」
「だから出目が一緒…………ということですか?」
「ならではのことだから、いくら妻といえども強運でどうにか出来るものじゃないねえ」
邵可はそう言いつつもあまりの正確さに舌を巻いてしまう。
微細な誤差もなく、そうと思い描いた理想通りに動く体。
これはもはや五感の域ではない。
琵琶だの何だのは問題にならない。
それはもう、兇手の領域。
視覚がない。
それを補うために他の感覚が発達している。
ただそれだけのことだと思っていたのに。
その才能は邵可の血を確かに告げる。
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