大嫌いから始めよう<1> 2007.8.31
私の名前は佐藤美咲。
スポーツはそこそこだけど、勉強なら自信がある。
いや、合ったと言った方がいいのかもそれない。
そんな自信があったのは、この間の学年模試を受けるまでだったから。
でも、だからと言って人様にいえないほど成績が悪いわけでは決してない。
この辺ではトップクラスの進学校であるうちの学校で、学年2位ならかなり良い方だろうと自分でも思う。
普通の人なら2位でも満足するのかもしれない。
でも、私は中学までことごとく一番を取り続けたのよ!
流石に全国模試では1位なんてとったことはないけど、校内の模試だったら絶対一番だった。
それなのに…それなのに…
いや、まだ相手が納得出来る人間だったらここまでくやしがらなかったかもしれない。…多分。
ここまで悔しいのは、絶対負けた相手、1位の奴が私の嫌いなアイツだったからだ。
そう、アイツよアイツ!
「佐藤さん、おはよう〜」
ふわぁ〜っと間延びした声で挨拶くれたのは、工藤一輝(かずき)、ちなみに私の大嫌いな男ワースト3に入る。
「…おはよう」
ちっ、もう少し早く来ればよかった。
内心でそう毒付きながらも私はにこっと挨拶を返してやる。
これでも私は学校では数匹程猫を被っているから。
猫を被っているというのは語弊があるかもしれない。
性格からして目立つのが好きじゃないから表面は大人しいと言った方が分かりやすいのかもしれない。
もともと騒ぐほうじゃ無い上に容姿にも無頓着で、面倒な手入れがいらないからという理由だけで作るだけ親に作らされたコンタクトにはせず中学から愛用の黒縁フレームのレンズの分厚い眼鏡を掛けて、髪は動きやすいように二つ括り。
教室でも目立つほうじゃないから、言ってみればいわゆる真面目チャンに分類される方。
で、反対にこの男。
髪は茶色で、目にはカラコンを入れてるらしく、瞳も茶色。
顔もそこらのアイドルより断然良いし、身長も高いから、ハッキリ言ってモテる要素はたっぷり。
うちの学校は私立だけど校風は自由で勉強さえ出来れば教師も何も言わない。
そう、例えピアスをしていようが、授業をさぼっていようが、だ。
この男の場合は成績がもともと学年10位以内な上にこの間の模試で一位をとりやがったから…
そう、こいつだ。私の嫌いな男ワースト一位は!
「顔、引きつってるよ?美咲チャン」
すっと耳元で息を吹き掛けるように工藤(こんなヤツ呼び捨てで十分よ)が囁いてきた。
ぞわっとする。
その辺の女の子ならどきっとするのかも知れないわよ?
でも私の場合はこいつが大嫌いだから嫌悪なわけ!
「っ…!」
目の前の余裕の顔に返す言葉が瞬時に見つからなくて、睨み付けるので精一杯。
それもこの身長差が悔しい。
「俺としては睨まれるのも好きだけどどうせなら良く見えるように眼鏡外してからして欲しいかなぁ」
そういってすっと眼鏡を外そうとする工藤の手を私は素早く叩いた。
「何すんのよ!」
ってか睨まれるの好きってこいつはマゾか!?
「痛いなぁ、まだ何もしてないけど?」
わざとらしく叩いた手を擦りながら笑うこの余裕しゃくしゃくとしたこいつの態度がさらに腹立つ、むかつく、イラツク、大っ嫌い!
「かぁーずき、おはよっ」
私が工藤を睨み上げていると、後ろからクラスの女子が工藤にあまったるい声音で声を掛けてきた。
確か名前は飯島…香代とかいった気がする。
明らかに工藤狙いで始終工藤にべったりしてる女だ。
最近の女子高生オーラ出しまくりで、どうやら工藤は苦手らしい。
「…おはよ」
工藤が声を1トーン落として返事を返すと、それににっこり返してから、あたかも今気付きましたとばかりに今度は私を見た。
「あら、佐藤さんもおはよう」
“も”っておまけですか。私は付属物じゃない。
それに明らかに1トーン落とした声で挨拶されても嬉しくもなんともないけど、義務的なモノだから仕方ない。
「おはよう、飯島さん。私先行くからごゆっくり」
わざと笑顔を張りつけて飯島香代を見た後、工藤をみて言ってやった。
飯島香代はそれに機嫌を良くし、反対に工藤は余計な事をと不服そうに見てきた。
ふん、ざまーみろ。
悪態ついて、嫌がる工藤のその顔を堪能した後、わたしは先に歩きだした。
「朝のアレは何?」
ただ今私は図書委員の仕事をすべく図書館で居残っている。
大体にして放課後に図書館を解放してもテスト週間や受験シーズンでもない今にここを訪れる人物は少ないわけで。
だから、ゆっくりと昼間返された本を元の位置に戻していただけで、決してこいつに迫られるためにここに居るんじゃない。
ちなみに今の状況は後ろに本棚、前に工藤だ。
誰か入って来たとき、確かめておけばこんなことには…と、いまさらながらに後悔してもしょうがないわけで、私は今のこの状況をどう打開しよ
うか目まぐるしく頭を働かせた。
「佐藤サン?」
名前を呼ばれても素直に返事が出来ないのはこいつの出すそこはかとなく得体の知れない黒いオーラのせいだろう。
もともとが無表情な上に何考えてるか訳わかんない癖にこういう時だけわざとらしく顔を歪めて笑みを作る。
いやだ、とてつもなくいやな笑顔だ。
私の第六感が叫んでる、へたに口を開くなと。
「美咲チャンはそんなに俺が嫌いなの?」
はい、嫌いです。
なんて正直に言う勇気は生憎私は持ち合わせてはいない。どうせチキンよ!
「ま、好きではないか…だって美咲チャンは」
そこまで云った工藤を私は朝の比でないくらいで睨み返した。
「あんたも私を馬鹿にしてるの!?」
二人しかいない図書室全体に私の声は響いた。
目頭が熱い。
泣くな、こんなヤツの前で泣くのは二度とごめんだ。
「違う、俺は」
工藤が口を開きかけたけど私はその言葉を拒絶する。
「聞きたくない。あんたなんかいつも本気じゃないくせに。いつだって人を馬鹿にして。」
ひどい言葉だ。
普通の人は思っても口にはださないことも、今の感情的な私の口からは造作なく湧いてくる。
「…出ていって…」
少しの罪悪感に苛まれながらも、うつむいて懇願するように言葉を吐く。
「…わかった。でも俺は馬鹿にしてるつもりはないから」
そういって傷ついたような顔で去っていく工藤の顔がとても辛そうで、見てしまった私は余計に罪悪感に苛まれ、しばらくそこから動けなかった。
工藤が今みたいに一方的に私に絡むようになったのは、二ヵ月程前からだ。
もともと同じクラスだったけど、それまで私は工藤とは話したことはない。
向こうも常に誰かしらに囲まれているような人種だし、目立たない地味な私にあいつがわざわざ話し掛けてくることもなかった。
あの頃は私も特別、工藤を好き嫌いで大別したり、意識して考えたことなんかなかった。
それよりも、私には気になる人が居たから。
相手は同じ図書委員の西条先輩。
先輩は格好いい部類に入る人だったけど、それを鼻にかけたところもなく服装もきちんとしていて、何より誰に対してもやさしかった。
こんな地味で目立たないような私にも優しく話し掛けてくれていたのが先輩だった。
その先輩も、夏から受験生ということで図書委員会の方からは三年の先輩たちは手を引いて今はいない。
前は先輩がこの委員から消えることがいやだったけど、今となったら良かったと思える。
それは、あの最悪な出来ごとがあったからだ。
先輩が委員会を去る日が来る前に、私は告白しようと決心した。
別に付き合いたいとかそういったのを期待していたわけじゃない。
私だって自分を知っているつもりだ。
私はただ、先輩に自分の気持ちを伝えたかっただけ。
それで満足だったのに。
それなのに、廊下で先輩が話しているのをその壁一枚隔てた外で食事していた偶然いた私は聞いてしまった。
「おい、お前また呼び出されたんだって?」
それは先輩とその友達の声だった。
「まあな」
自分のことだと思った私は息を潜めてばれないようにどこかどきどきしながらその会話に聞きいった。
「で、誰だよ??」
そして楽しそうに聞いてくる友達に先輩は心底嫌そうな顔で返した。
「同じ委員の二年の…えーと、名前なんだっけ?眼鏡かけた真面目そうな地味女」
え…?
「おまえ相変わらずひでぇなあ、名前くらい覚えてやれよ」
「そんな必要もないだろ。大体委員会だって面倒なのに入ったのは内申稼ぎ。じゃなきゃ、あんな面倒なことしねーよ。三年は夏で抜けれるからラッキーだな。あの女にだって優しくしてやったのは当番とか代わってもらうためだぜ?そうじゃなければ誰があんな女に声掛けるかよ」
「お前鬼畜。で、なんて答えるんだよ?」
「あー、どうせ手紙を下駄箱に入れられてただけだしな、みてない振りしていかねー。でもいまどき下駄箱に手紙ってあの女も頭の中まで地味だよな。…ああ、手紙に名前書いてたわ、佐藤美咲だって。名前負けだな、こいつ」
何、これ…あの人は誰…
あまりにも衝撃的なそれは私にはきつくて、最初受け入れられなかった。
だが、冷静な自分がいて、すぐにそれが夢でも幻でもなく現実なのだと思い知る。
裂くような胸の痛み。
あんな奴を好きだったのだという証ともとれるその痛みが悔しくて。
あんな奴の上辺の顔にだまされた自分がもっと悔しくて許せなくて去っていく後ろ姿を見ながら私は泣いた。
拭うのに邪魔な眼鏡はかまわず胸ポケットに突っ込んだ。
まさか、近くに人がいたなんてことは思いも寄らなかった。
がさっと音を立てて木の影から誰か出て来た。
「だ、れ…」
涙が溢れる上に眼鏡を外した私には、目の前の人物の判別は難しかった。
何となく、髪型とか服装は分かるから、それが男の子だろうってことは分かる。
「…ごめん、聞くつもり無かったんだけど」
バツが悪そうに頭を掻きながらこちらを伺うその声には聞き覚えがあった。
同じクラスの工藤一輝だ。よりによってこんな奴に…
続きはまた今度。。。
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