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Blue Soulシリーズで小咄 1/7
【君味】


 目が覚めると、タカの姿がなかった。
 タカの実家であるマンションに顔を出したら、親父さんはやっぱり多忙で家にいなくて、まぁオフを満喫し合って迎えた朝、ということになる。ぼんやりした気だるさが体の芯に残るほどには。
 このままダラダラとベッドで過ごしていたいけど不在の男のことも気になったし、何より腹が減った。
 脱ぎ散らかした服を着てタカの部屋を出ると、いい匂いが鼻を擽る。つられるように台所をのぞくと、タカがコーヒーをいれていた。
「はよー」
 声を掛けると顔を上げ、おはようを返してくれる。
「飯、食う?」
 頷くと、座っておけと言われる。
 間もなく出された皿の上には、キツネ色に焼けたフレンチトーストが乗っていた。スクランブルエッグにサラダと野菜ジュースにカフェオレ。
 なんだかこの男は、自分をあやすためのレパートリーが増えている気がする。フレンチトーストだとかホットケーキだとか。
 幼い頃に母がよく作ってくれたメニューを辿るようだと思っていると、
「足りるか?」
 複雑な顔つきになったのを勘違いして尋ねてくる。
「オフだから十分」
 そう応えてフォークを手にした。
 ふんわりしたフレンチトーストは甘すぎず、バターの風味がして美味しい。ひょっとしたら母さんからレシピを聞いているのかもしれない。タカの料理はどれも美味しい。初めて作ってみたと出されたものでも、食べ慣れた味がするのだ。
「美味い」
 感想を声にすると、タカの口元が綻ぶ。
 タカも向かいの席で食事を始める。
 運転が上手くて、その隣で寝てても文句一つ言わずに長距離を運転してくれて、優しく抱きしめてくれて、朝ごはんまで完璧に作ってくれて、自分の美味しいという言葉一つで笑ってくれる。
 世のキラキラしたたくさんの女の子達に申し訳ない気がして、少しだけ胸の奥がしゅんとする。
 けど、そんなのすぐに消えていって、忘れ去ってしまって、幸せな気持ちになってしまう。自分の自己中さに呆れるけど、やっぱりそれも忘れてしまう。そうしてどんどん忘れてしまって、自分の中に残るのは幸福感だけだ。
 なんと言うか、高山浩二は本当にお買い得な男なのだ。仕事以外では。
 腰を浮かせて首を伸ばして、下を向いていたタカの額にキスをした。
 一瞬、ぴたりと止まったタカが意外そうな顔をして顔を上げる。その口唇に触れるだけのキス。
「……どうした」
 そこで心配そうな顔をされるのは心外だ。
「俺だってタカに好きだよって伝えたい時があるんだよ」
 捕まえておきたいから、少しの羞恥くらいは我慢する。
 タカの優しさをキス一つで繋ぎとめる。
 姑息だなと自覚するけど、サッカー以外のことだから許してもらいたい。
 タカは柔らかく笑って、全部許してくれる。
 このまま俺の姑息さに気付かないで、繋がれたままでいて。
 こっそり願いながら、タカの焼いたフレンチトーストを口に運ぶ。
 甘く柔らかい味がした。




(2013秋~)








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