今は、まだ 兄さんは、知らない。 僕が兄さんにどんな想いを寄せているのか・・・・知らない。 長く続いた苦難の末、ようやく僕の体を取り戻した兄の手足は、いまだに鋼のままだ。 「俺はいいよ。お前さえ元通りになってくれれば、それで十分だ。これ以上の幸せを望んだら、贅沢過ぎて罰があたっちまう」 兄の手足について言及すると兄は必ずそう言う。そして、今ではすっかり開いてしまった身長差を無視して伸ばした手で僕の髪をくしゃっと掻き回し、太陽のような笑顔を向けてくる。 兄の身長が伸びなかったのは、遺伝的な要因によるものではない。成長期にあって、生身よりもはるかに重量のある機械鎧を装着していたことで、その成長が著しく妨げられてしまった所為だ。 僕よりもずっとずっと小さく華奢な体で、それでもまだ僕を守ろうとしている兄は、僕の人体錬成の証拠を隠匿するという交換条件で軍に縛られている。少しでもその兄の楯になれればと、僕自身もまた、兄の反対を押し切って軍に所属する身だ。 『鋼の錬金術師』『最年少で国家資格を取得した天才』『20歳にして大佐』 兄に付随する様々な賛辞は裏を返せば嫉妬でしかなく、兄を軍に引き入れたマスタング中将に擁護されているとはいえ、実際軍内部での兄に対する風当たりは相当厳しいものだ。 今日も厄介事を押しつけられた兄は、引き継ぎが済んで任務を終えた後にもかかわらず黙ってそれらを片付けていた為に、疲労困憊のあまり帰宅する車中でグッタリと寝入ってしまった。 本来なら兄は、そのような仕打ちに黙って耐える性分ではないのに・・・・・やはりそれもまた、つきつめれば僕の為に・・・・なのだ。 彼の楯になる為にといいながら、結局はこうして兄に新たな枷や苦痛を課してしまう。自分のエゴだけで、この人を自分の元にしばりつけておく為に、『守りたい』だなんて薄っぺらな大義名分で自分を誤魔化している。 生身の身体を取り戻す前から、僕が兄に対して抱いていた想いは、穏やかで優しく清らかなものとは程遠い感情だった。そして生身の身体をとりもどしてから、その想いはさらに恐るべき速度で手のつけられない大きさに育ってしまった。 本当は・・・・本当は・・・・・。 兄弟としてなんかじゃなく、もっと生々しくて途轍もなく熱く激しい愛で彼を愛したい。僕達が住むあの家から一歩も外へ出さずに閉じ込めて、彼を自分だけのものにしてしまいたい。僕の中で荒れ狂う、日ごと募るこの熱を兄に注ぎたい。 その奔流は、今はまだ辛うじて僕の中に押しとどめられている。 けれどいつか。そう遠くない『いつか』に、僕の心は決壊してしまうだろう。 だからせめて今だけは、どうかあなたが安らかに眠れるように・・・・・と、僕は懺悔しつつも願うのだ。 漆黒の軍用コートを羽織って腕組みをしたまま眠っている兄の頬にかかる一房の髪を手にとり、口付けた。 どうかその眠りが、少しでもあなたを癒してくれますように・・・・・と。 |
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