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「………何をしている」
 愛妻のか細い「やめてぇぇぇ……!」という悲鳴と愛妻の最愛の妹の楽しそうな声、という矛盾した二つの声を聞きつけて二人が居るらしい部屋――白哉との寝室の他に緋真にあてがわれたものなのだが――の扉を開いた瞬間、朽木家の若き当主の口から出たのは何とも普通の問いであった。
「びゃ、白哉様…!」
「兄様!」
 慌てたような素振りを見せる緋真とは対照的に非常にルキアの機嫌は良さそうだ。白哉の前では感情表現がそれ程豊かでは無い彼女にしては珍しい。
「夏祭りの浴衣を選んでいたのです」
 広い部屋のあちこちには浴衣が散らかっている。
 ルキアに言われて漸く白哉は来週夏祭りが行われる事を思い出した。
 納得しかけた彼だが直ぐに内心で首を左右に振る。
 其処までは良いのだ。浴衣を見ていれば分かる情報である。
「そうではない」
 折角疑問に答えたのに全否定されてルキアは不思議そうに目を瞬かせて兄の顔を見つめ返す。
 そして自分が組み敷いた形になっている朱に染まった姉の顔を。
「ルキア。本来ならばお前のポジションは夫である私のポジションだ」
「っ白哉様!」
 そこまで言われて漸くルキアも納得した様子である。
 白哉の目に映ったのは何故かルキアに押し倒された形になっている緋真の姿であった。
 その上浴衣を着るにしてはその胸元は少々はだけられて白い肌が普段より露わになっている。
「別に、姉様を襲っていた訳ではありません」
「…ルキアまで!」
 真っ赤になってジタバタとする緋真の僅かな反撃を容易く避けて、特に何事も無いかのようにルキアが答える。
 普段屋敷の中を出る事の多くない緋真と、死神として日々任務をこなすルキアとでは基礎体力が異なる。それ故10cm近い身長差も大した弊害とはならなかったのであろう。
「では何だと言うのだ」
「松本副隊長が仰っていたのです」
「ほう? 何を吹き込まれた」
 僅かに白哉の霊圧が上がる。
 ルキアに対してでは無い。
 白哉は愛妻には勿論、時には緋真を呆れさせる程に義妹にも非常に甘い。兎も角、過保護である事は間違いない。
「『朽木、あんたと比べれば緋真さんは胸があるんだから、ちょっとあたしみたいにはだけさせれば堅物隊長もイチコロよ』」
「明日、日番谷に副隊長の扱いを改めるよう話を付けておこう」
 ご愁傷様です、乱菊さん。緋真は心の中で手を合わせた。
 肌を人目に晒すなどという事は白哉の好みには反していたようである。それを直ぐに察してルキアも手際良くはだけていた緋真の浴衣を直して、身体を起こすのに手を差し伸べた。
 経験はないものの義兄の怒りを買いたくはない。
 しかしそこで珍しくルキアの悪戯心が擽られた。先程までの白哉の言葉を反芻した上での確信の元、ルキアはおもむろに傍らの緋真に抱き付いてみる。
「どうしたの、ルキア?」
 年下の妹が甘えてくるのは純粋に可愛らしいと思うし緋真自身も甘えられるのは嫌いではない。直ぐに優しく自分と良く似た毛質の髪に触れる。
「……ルキア。今日はあの野良犬の所に行かぬのか?」
 その途端その場に居た白哉の声が乱入する。
 鮮やかに笑みを浮かべるルキアと。
 対してやや不機嫌そうな色をその無表情の上に浮かべた白哉と。
 数秒間の無言の攻防が繰り広げられた後に漸くルキアが口を開いた。
「阿散井副隊長が現世任務な事はご存知でしょう、朽木隊長」
「黒崎一護は最近どうしている」
「死神である私が気軽に現世に行き来する事など出来ませぬ」
「…そういえば浮竹が仕入れた玉露を取りに来いと」
「昨晩浮竹隊長がお倒れになったと報を受けたので回復する迄は遠慮するべきかと思っております」
「また倒れたのか…見舞いには行かぬのか?」
「海燕殿が看病しているので問題は無いでしょう。浮竹隊長は見舞い客にお気を遣われるので、見舞いは自粛しようというのが近頃の十三番隊の方針です」
「あの……白哉様? ルキア…?」
 家で交わすには随分と業務的な――かつ出掛けるか否かに関しての言葉の応報的な――会話に緋真は戸惑いの色を浮かべる。喧嘩をしている雰囲気では無いが、じゃれ合っている訳でも無さそうだ。
「緋真は暫し黙っていろ」
「姉様は気になさらなくて良いのです」
 しかし一瞬で緋真の一言も二人に切り捨てられてしまった。
 所在なさげに片腕にきついているルキアの黒髪に指を絡ませて緋真が吐息を付く。
 とりあえず何を言っても無駄な事は彼女にも良く分かっている。
 表面上に違いはあるが、口が減らない事や特定の話題に関して熱くなる事は二人とも良く似ている。
「白哉兄様も引きませんね」
「お前も」
「それは兄様の妹ですから」
 にっこりと愛らしく微笑む少女の顔立ちは確かに緋真と似通っているのだが、身に纏う雰囲気は白哉のそれに近い。緋真が時折真面目にこの義兄妹の血の繋がりの無さを不思議に思う程に。
「…正直に仰れば良いのです」
「ほう? 何を言えと言うのだ」
「緋真姉様を返してほしいのでしょう?」
 一瞬、整った美貌が僅かに動揺に揺れるのを大きな菫色の瞳は見逃さなかった。
 再び訪れる沈黙と交わされる視線。
 数秒の其れでどうやら勝敗は決したらしい。無言のまま白哉は視線を逸らせ、それを見てルキアは晴れやかな笑顔のまま緋真を離れ立ち上がる。
「あら、何処かへ行くの?」
 それまでの義兄の外出推奨発言には頑なに頷かなかったルキアだが、姉からの問いには素直にこくりと頷いてみせる。
「はい。都殿が甘味を食べに行かないかと誘って下さったのをたった今思い出したので」
「……ルキア」
「ですから、白哉兄様。緋真姉様と心置きなくお二人で過ごして下さい」
 大抵はルキアが白哉に完璧に言いくるめられて悔しそうにしているのに、珍しい事もあるものだと緋真は二人を見ながら思う。言いくるめられてしまった当の白哉は、志波の入れ知恵か、あの男をいつか千本桜の餌食に…などと不穏な事を呟いているが、手を振り合う姉妹には幸いな事に聞こえていなかったらしい。
「暗くなる前に帰って来るのよ」
「はい。行って参ります」
 頭を下げて立ち去るかのように思ったルキアだが、ふと何かを思い出したのか立ち止まる。訝しげにそれを見た白哉と背の高い義兄を見上げたルキアの瞳が再びかち合う。
「兄様」
「何だ、ルキア」
「そろそろ姪の顔を見たいです」
 では失礼致します。
 ぺこりと頭を下げたルキアが部屋を出て行っても白哉は動かなかった。否、動く事が出来なかったと言うのが正しいであろう。
 見かねた緋真が肩を揺すって漸く我に返る程の衝撃を受けていた事を爆弾発言をした本人は知らない。




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