えくすとら・せんそりー・ぱーせぷしょん





「こんな所で何しているんだい、お嬢さん?」

一見優しい中年男性を装ったその男は、馴れ馴れしさを押し隠してリナに声をかけた。
彼女の眉がピクリ、と動くが、その動きに男は気付かなかった。
無論ただ普通の人間がその男を見た場合ならば、そしてその物腰や口調から
即座に悪人と断じることはまず不可能であったし、むしろ善人ではないかと思わせるような雰囲気を表面上保っていた。
しかし彼女が騙されることはなかった。

(可愛らしい娘だな。)

彼女は通常なら聞こえることのない言葉を明確にその脳裏に浮かべていた。
そしてその言葉を聞きながら、彼女は男を観察した。
中々引き締まった体つきはしている。
純粋な力比べならば彼女の敵うところではないだろう。

「私が送っていってあげようか?ここら辺は暗くなると危ないんだ。」
(久々の上玉かもしれん。)

微笑したその男の思考に、明らかに邪な欲を見て取って、
そしてその対象として彼女を見ていることをすぐに理解し、彼女はこっそりとげんなりとした顔をした。
その男は日も暮れた時分に一人で歩いている娘を誑し込むことは何度かやっているらしい。
その手口の幾つかには半ば犯罪めいた、口車だけではない、実力行使を伴うものも混じっているようだった。

(女の敵ね。)

彼女は夜の闇に隠れて眼光を鋭くした。
許しがたい。そう思った。
男は微笑を絶やさず、彼女に一見優しい言葉をかけ続けている。

「どうだい、お嬢さん。ちょっと向こうの宿まででもいいんだ。
君ぐらいの娘がいる身としては、こんな所でふらふらしている女の子を放ってはいけないよ。」

彼女はにっこりと、本当ににっこりと笑って言った。

「ええ、いいわ。」

にやり、と男が内心で笑ったのを明確に感じた。

(やった)(ちょろいもんだ)

「それはよかった。」

(宿に連れ込めばこっちのものだ)(いつも通りに)

彼女は微笑を保ちながら、彼女のもう一つの力について考えた。
そう、純粋な力比べならばこの男には敵わないかもしれない。
ただ、あたしには…
もう少しすれば音が漏れなさそうな場所を通る。
そこで始末をつければいいわ。

そう心に思った所で、男から全身に視線を感じて微笑みを貼り付けたまま顔を向けた。
男はやはり一見優しげな微笑のままであった。
だが。

(ちょっとメリハリは足らんところが不満ではあるが…)

ぴぴくぅっ

彼女のこめかみは、半ば無意識的に大きく引き攣った。
無論長い髪はそれを隠していた為、男はそれに気付かず微笑んだまま思考を続けた。

(…まぁ顔がそこそこだからいいか。それにしても子供っぽいのは否めんな。)
(特に胸。一体全体どうすればここまで育たないのか…)

―――殺ス。
彼女の心から、先ほどの考えは消えた。
音漏れなどは関係ない。
そもそも近くに人気がないのは、彼女の能力で確認済みである。

彼女は強く目を瞑った。
力を。

そう思った瞬間に、静寂を大声が消し去った。

「リナ!!!」

聞きなれた声だった。
目を開けると、金髪の美丈夫がこちらに走ってきている所だった。
ひょんなことから知り合い、共に旅をするようになった、彼女の力を知る数少ない人物。
思わず彼の名前が口をついて出た。

「ガウリイ?」
「な、何だね、君は…」

マトモにうろたえる男をガウリイは非友好的な眼差しで一瞥した。

「その子の保護者だ。捕獲感謝します。」

全くといっていいほど誠意のない声音で一応の礼を述べるガウリイに、リナは噛み付いた。

「捕獲って、ガウリイ!」
「とにかく、この子はオレが連れ帰りますのでお引取り下さい。」
「む…わ、わかった。」

(くそ、横取りしやがって)
(ちょっと顔がいいからって、くそ、思い上がりやがって)
(誰があんな子供を相手にするものか)

肩を怒らせて去っていく男が角を曲がって見えなくなってから、ガウリイは厳しい表情でリナに向き直った。

「お前さんはまたこんな所で!」
「あんたこそなんでこんな所にいるのよ!」
「お前さんがまたこんな夜中に宿からいなくなったからだ!」

(心配なんだってお前さんならわかってる筈だろう?)

全く裏のないシンプルな感情をダイレクトにぶつけられ、彼女は興奮の勢いを弱める。
そしてしばらく沈黙し、ぼそっと彼にやっと聞こえるぐらいの声を出した。

「精神感応力と、念動力があれば、そうそうなことでは引けは取らないわよ。」

そう、それが彼女の能力だった。
ESP。超感覚的知覚。
彼女の場合は他人の心を覗き見ることが出来る精神感応力、
そして物質を自在に動かすことが出来る念動力の二つであった。
二つを操るという点に置いてもそうであるが、特に精神感応力の面で、彼女は特異なほどの力を持っていた。
永遠に垂れ流される相手の思考に飲まれ発狂してしまう能力者も多い中、
その力を完全に使いこなし、感応するかしないか、それを自在に制御出来るようになったのだから。

「精神なんたらの方はともかく、お前さん、物を動かすのはそんなに得意じゃないって言ってたじゃないか。
力を使うからあんまりぽいぽい使えるものじゃないって前に…。」
「少しぐらいなら平気よ。大体…」

ガウリイが止める暇も無くリナはぐっと目を瞑り、集中する。
ぎゃぁ!と言う声がやや離れた所から聞こえた。

「…リナ。」

咎める様に、否実際彼の思考に咎める感情を浮かべて、彼はじろりと彼女を見た。

「何よ、ちょっと大きな石をあの男の頭に命中させただけよ。
近くで取り壊し途中の家があったからその煉瓦をゴンってね。
あの男今までにも色々女の子手篭めにしてきてたし、それに!
事もあろうにこのあたしのことをメリハリがないだの子供っぽいだの胸が無いだの思いやがったのよ!」
「そりゃ仕方ない…」
「ガ・ウ・リ・イ?」
「ゴメンナサイ。」

思考でさえ本気で謝っている彼に苦笑し、彼女は握り拳を緩めた。

一番わからないのはこの男のことだ。
彼は能力者ではない。ただの普通の人間である。
しかしながら彼と初めて会った時は本当に驚いたものだ。
彼の「何も考えていない」という状態に。
普通人間はいつでも無意識に何か考えているものだが、それがない。
前の連れの様に、常人とはあまりにもかけ離れすぎている混沌たる思考の為に読み取れないのではない。
ただ「何も考えていない」のだ。
先ほど彼の存在を感知出来なかったのはその為である。
挙句彼の場合、考えたことは大体の場合口に出し、それにほとんど差異がないのだ。
表裏と言うものが全くといっていいほど存在しない様に見えた。
今まで会ったどんな他人でも、そんなことはなかったのに。
そして彼女の能力を知れば、大抵の人間は怯えたのに。
その力を知られてしまい、向こうに恐怖と悪意を見つけてしまったが故に、
止むを得ず彼女が殺さなければならなくなった人間は数多い。
それなのに。


「それでも無茶はするなよ。どんなに力があるからって言っても女の子なんだからな。」

くしゃり、と頭を撫でる大きな手。
精神感応で、伝わってくる純粋な優しさ。
この手を失いたくない。
この心を失いたくない。
精神感応者であるが故の孤独から救い出してくれたこの男を。

「わかってるわよ、馬鹿。」

彼女がぼそりと言うと、彼が満足そうに笑ったのがわかった。






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テレパスリナと、それについていく何も考えていない男ガウリイ。
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一度書いてみたかっただけなのでもう続きません。続けられません。
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