芋と酔っぱらい

※ロックオンが思いっきりマダオ(まるでだめなおとな)です。


エージェントの手配した小型艇で、アレルヤが無人島基地に戻ってきたのは、まさに太陽が西の水平線に沈もうとした時だった。

モラリア事変からしばらく経ち、ユニオンがソレスタルビーイングの活動に対する当面の静観を非公式に発表すると、大規模な軍事演習や紛争は目に見えて減った。
しかし小規模な紛争やテロは寧ろ増加傾向にあった。ソレスタルビーイングそのものに対する反感からのテロも後を絶たない。
当然CBの作戦内容も相手に合わせて変化せざるを得ない。
ミススメラギは地上ミッションにおける基本フォーメーションの変更を打ち出した。

ヒットエンドラン。

機動性に富むキュリオスに、遠距離からの射撃を得意とするデュナメスを載せ、目標地点を攻撃してすぐに離脱する。
小規模な目標を確実に叩き、且つ周辺への被害を少しでも軽減する為には効果のある作戦だった。
但し、極めて精密な操縦を求められるパイロット二人へ掛かる負担は、これまでにも増して重いものとなった。

***

ちょっと買い過ぎちゃったかな。
アレルヤは両腕に一杯の買い物袋を下げて海岸から仮設基地への道を急いだ。
袋の中身は殆どが新鮮な食材だ。
彼と違い、「家庭の味」を知っているらしいロックオンは、パッケージングされたレーションよりも手作りの料理を好む。
ロックオンと二人で無人島基地を転々とするようになってから、ミッションの合い間には街に食材を買出しに出かけ、料理を作って彼に振舞うのがアレルヤの楽しみになっていた。
それは負担の大きいミッションが続いて明らかに疲労しているロックオンへの気遣いから始めた事だったけれど、彼が自分の作ったものを顔を輝かせて頬張る姿を見るのは、アレルヤにとっても大きな喜びだった。

仮設基地の狭い簡易キッチンに足を踏み入れたアレルヤは、中の惨状に呆然と立ち尽くした。
立ち込めるアルコールの匂い。
料理用に買い置きしていたワインの瓶がいくつも空になって床に転がっている。
更に何故かそこら中にジャガイモが散乱している。
そしてその真ん中に、ぐでんぐでんに酔っ払った、この惨状をもたらした犯人が、だらしなく足を投げ出して座っていた。
「ようアレルヤ、遅かったじゃねぇか」
「ロックオン、どうしたの!?」

ロックオンは自分で思っているよりも酒に強くない。
だから彼がうっかり酔っ払ってしまった所なら、アレルヤもこれまでに何度か見た事があったが、それはいつもスメラギに飲まされての事であって、アレルヤの知る限りロックオンは自ら進んで飲酒しようとする事はない。せいぜい休暇中の食事のお供にギネスを少々傾ける程度である。
アレルヤの視界の端にひっくり返った段ボール箱が映った。
ロックオンの好物だからと、ついつい買い過ぎてしまうジャガイモを入れておいたものだ。
どうやら酔っ払いが足を引っ掛けてひっくり返したらしい。
こんなになるまで飲むなんて、一体どうしたというのだろう。

「どうしたのじゃねぇよ。なんでこんなに遅くなったのかってお・れ・が・聞いてんの」
呂律がやや怪しく、目がとろん、と潤んでいるので迫力には欠けるが、ロックオンは随分と機嫌が悪いようだった。
「ああ、いつも野菜を買ってるお店でね、店員さんが珍しい野菜が入ったからって調理法を教えてくれて、つい話しこんじゃったんだよ」
「野菜野菜ってそればっかり。お前八百屋のねーちゃんと出来てんじゃねーのか?」
「はぁ!?」
酔っているにしても言って良い事と悪い事がある。
しかし腹を立てようにも、ロックオンが何故ここまで醜態を晒しているのかその理由が判らなくて、アレルヤはただただ困惑するばかりだった。
ミッションの直前直後にナーバスになる事なら彼にもあるのだと知っている。
しかし前回のミッション終了から既に48時間以上が経過していて、しかもそのミッションは殆ど示威行動のみで終わった最近の中では極めて肉体的にも精神的にも負担が軽いもので、なにより今朝自分が島を出る時のロックオンは落ち着いて休暇を楽しんでいたではないか!
……いや。
そう言えば、アレルヤが今日はまた買出しに言ってくる、と告げた時、ロックオンは何か言いたげな顔を見せた。
アレルヤが、何か買って来て欲しいものがあるなら言ってね、と言うと、そうじゃない、と小さく呟いて顔を逸らし、それきりになってしまったが。

ロックオンは足元に転がっていたじゃがいもの中からメークインを一つ掴むと、憎々しげに睨みつけて何かぶつぶつと語りかけている。
顔どころか手首も足首も、見える限りの全身が真っ赤だ。
こんなに酷い酔い方は、スメラギに秘蔵のスピリッツとやらを飲ませられた時でさえ見た事が無かった。
これはもう、飲酒の動機とか不機嫌の原因とか、そんなものを考えている場合じゃないんじゃないのか。急性アルコール中毒でも起こしたらどうしよう。
「ロックオン、とにかく、水を飲んで休んだ方がいいよ、話があるなら後で聞くから」
アレルヤは取り急ぎコップに水を汲んでロックオンに差し出した。
「なんで水飲まなきゃいけないんだよ」
ロックオンは水を一気に飲み干した後になって文句を言った。
言っている事とやっていることが違う。
「酔っぱらってるからだよ」
「何言ってんだ、これくらいで酔う訳ねーだろ」
「酔っぱらいは必ずそう言うんだっていつもスメラギさんに言ってるのはロックオンじゃないか」
「ああ、もう、うるさい!」
「ロックオン、危ないよ、ぼくが寝室まで運ぶから!」
アレルヤの静止を振り切ってふらふらと立ち上がったロックオンは、足をしっかと広げ仁王立ちになって、手に持ったメークインをまるで水戸黄門の印籠のようにかざすと言い放った。

「今すぐお前のちんこをおれに寄越せ。そうしないならおれはこの芋を代わりに尻の穴に突っ込む!」

……ひどい。
この人はどうしてこう、あけすけと言うか、品が無いと言うか、浪漫の欠片も無い言動ばかりするんだろう。

でももっとひどいのは、こんな誘い方をされてちょっと可愛いとか思ってしまうぼくの方だ。

***

久しぶりの行為で加減が出来なかったが、ロックオンは事後も自然に眠りに落ちる事無く、アレルヤの身体を抱き枕のようにぎゅうっと力いっぱい抱き締めて離さなかった。
珍しい事もあるものだ。普段の彼は、善がり狂っている最中か、意識を手放した後でなければこんな風に甘える仕草を見せる事はないのに。
多分まだ酒が抜けていないのだろう。
「さっきは絡んで悪かったな」
「もういいよ。でも一体どうしたの?びっくりしたよ」
「あのな。……もうおれとしたくないとか、飽きたとかなら構わないからはっきり言えよ。そんときゃおれはおれでなんとかするし」
「……これだけした後に何言ってるの?」
言ってることとやってる事が違い過ぎる。
「だってお前……最近は時間が空いても買出しと料理ばっかりじゃねーか」
「あのね。ひょっとして忘れてるのかな。この編成が始まった時、ミッション前の晩にぼくが我慢出来なくてしちゃったら、翌日身体に負担が大きくて大変だったってロックオン物凄く怒って騒いでたじゃないか!」
「……それはつまり、したいのに我慢してたってことか?」
「そうだよ!」
「っんだよそれならそうと早く言えよぉ」
「それはこっちの台詞だよ。……さっきは、ひょっとして、やきもち妬いてくれてたの?」
……ぐう。
アレルヤの問いは聞こえたのか聞こえていないのか、酔っぱらいは答えを返さずに寝入ってしまった。
酒臭いいびきは次第に大きくなる。
腕はしっかりとアレルヤを抱きしめたままなので、とてもうるさい。
アレルヤは呆れて頬をつついてみたが起きる様子がないので、諦めて目を閉じた。

そうだ、明日の朝食はジャガイモ尽くしにしよう。
せいぜい、ロックオンが今夜の醜態を思い出して慌てる様子を楽しませて貰う事にしよう。
それくらいの意地悪は許されるよね?

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