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「君に触れたら」 鴉取真弘編… 隣を歩く彼の姿をちらりと横目で見てみる。 会話は続いているのに先程から他のことが気になって仕方がない。 視線を下げて行き着く先は彼の左手。 さりげなく右手に持っていたカバンを持ち替えて自分の右手も空けたから、彼の左手が空いている今なら手を繋げるかもしれない。 でも、いざそうしてみようとそっと手を伸ばすものの、あと数センチのところで引っ込めてしまう。 先程からずっとそれの繰り返し。 このままでは埒が明かない。 そもそもどうして途中でためらってしまうのか。 いきなり手を掴んで振り払われることがそんなに怖いことなのだろうか。 いや、……強がってみてもやっぱり怖い。 それにそうなったときの気まずい空気を想像しただけで胸が痛くなってくる。 (自分が傷つくのも嫌だし、相手が傷つくのも嫌だなんて……) もうどうしようもないからまた次の機会に頑張ろうと決めて、会話だけに集中することにする。 ただまだなんとなく名残惜しくて最後にちらりと彼の手へと視線を向けた。 「……それでよー、って、お前何か俺に言いたいことあったりする?」 いきなり尋ねられた疑問の内容にはっとして、視線を上げると眉根を寄せてじーっとこちらを見てくる真弘の姿があった。 不思議そうな顔をしているが、どうして先程までの世間話の流れから打って変わってこういう状況になっているのか分からず自分もぽかんとしてしまう。 その場に立ち止まったままの二人。 風が吹いてさらさらとお互いの髪だけが揺れていた。 「言いたいこと、ですか?」 沈黙が続くとその分余計に口を開きにくくなってしまうと慌てて言葉を発して場を繋ぐ。 思わずとも固まりかけていた空気が少し和らいだ気がしてひとまずほっとする。 「あぁ。何かあるのかと思ったんだが……、何もないのか?」 真弘に対して「言いたいこと」は特に無いのだが、「したいこと」なら無いとはいえない。 とはいえ、まさか今まで頭の中だけで考えていたことを全て口に出していたなんて馬鹿なこともないだろうから、自分の思惑がばれるはずもない。 その上、話半分で会話を続けながら、実は頭の中では全く別のこと考えてましただなんてどうして言えようか。いや、言えない。 という自問自答をした後、ひとまずここはすぐに暴露せず様子を見ることにした。 「何かって……?」 「いや、何も無いならいいんだが、たださっきから変に視線を感じるなーと思ってよ」 「っ!?」 平静を装うつもりだったのに、「視線」という二文字を聞いた途端に表情が崩れてしまった。 元々守護者の皆は気配を察する能力に長けている上に敏感なのだ。 あれだけ何度も見ていては気付かれないはずが無いということに指摘されて初めて気付くとは、自分もまだまだだなと肩を落としている場合ではなく、今はこの状況をどうにかしなければいけない。 だが、今更取り繕うにももう遅い。 「何か、あるんだな?」 口実を考える暇も与えてくれずに、確信を持ってニヤリと微笑む彼がいた。 もう自分には降参するしか選択肢は残されていなかった。 「べ、別に言いたいことがあるわけじゃ……、ないんですよ?」 「ん、……それで?」 「だ、だから、その、手が……」 「手?」 しどろもどろになってしまって相手と視線さえ合わせられない自分をよそに、真弘は自分の手を不思議そうに見つめてひらひらと動かす。 手が汚れているのかを一通り確認した後で、特に何もおかしいところはないようだが?とでも言いたそうに見つめてくる。 敢えて何もかも分かっている上での確信犯的行動なのか。 もしそうだったら怒ってしまいそうだが、おそらく真弘の場合は単純に自分が何を言おうとしているのか分かっていないのだろう。 そういうところも彼の良い所なのだろうが、時と場合によっては残酷だ……。 「手……、手が繋ぎたいな、と!」 もうどうにでもなれと半ば投げやりに力強く言ってみると、きょとんとしていた彼の表情に徐々に動揺が走っていく。 「手……、手が繋ぎたいだと!?」 この距離で聞き間違うことなど絶対あるはずもないのにどうして聞き直してくるのか、と思いながら最終宣告をするようにこくりと頷く。 それからしばらく、自分の手を見ては珠紀へと視線を移し、そしてまた自分の手へ戻す、と繰り返していた。そんなに自分と手を繋ぐのが嫌なんですか!とでも言ってしまいそうになる行動だ。 (やっぱりダメだったかな……) いつまで続くのかは分からないが悩ませてしまっていることが申し訳なくもあり、視線を落として、知らぬ存ぜぬを突き通せばよかったかもしれないと後悔していたとき、声が掛かる。 「ほらよ」 照れくさいのだろう。視線が一点を見つめることなく、きょろきょろと慌しく動いていた。 ただ珠紀に差し出された左手だけは引っ込めることもなくそこにあった。 そして、ようやく手と手が繋がった。 完 |
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