クロサギ(黒→←氷)


「……何してんだ。」
「……関係、ないでしょ…」

日づけも変わった午前0時。
アパートの階段に座り込む小さな影。
僅かな電灯だけを頼りに目を凝らすと、その正体は隣人の貧乏女子大生だと判った。

「…邪魔なんですけど。そこどいてくれる?」
「……。」
「おい。どけっつってんの。」
「………」

長めのスカートが擦れる音と細いヒールと重なる階段の金属音が静かな空気を乱す。
けれど特に不快的ではないそれはものの数秒で収まり、深夜独特の気配に元通った。

「……ねぇ。」
「…何。」
「嘘よ。あれ、嘘。」
「何が。」


「なかったことになんて、しないで。」


見上げられたその瞳に潤んだ大粒の涙が零れ落ちた。
掬う間もなく、左腕に頼られたあいつの小さな手の平が纏わりついて思わず右手で触れざるを得なかった。

重ね合った手と手から滲み出るのはお互い同じ気持ちの筈なのに
遮るように俺の脳内で囁くもう一人の自分。


駄目だ。考えちゃいけない。俺は、この女から何も与えられちゃいけない。

なかったことにしないなんて、そんなことできない。しちゃいけない。


ぎりりと食い縛った奥歯から鉄の味がするまでの暫しの間、俺はただこの頼りない身体を支え続けた。



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