フラグメント(阿部と榛名)
フラグメント

 キャッチボールも投球練習も左手に触るのも全部好きだったけれど、元希さんのことを元希さんと呼ぶ瞬間が、一番好きだった。そう思う。元希さんしか持っていないものをオレが触ったり、元希さんにしか適応されない記号を口にしたりするのは好きだった。野球がなければ何の接点もなく繋がらなかったであろうオレらが、野球という根っこに適当な理由をくっつければ、何かしらの形で絡んでいられる時間。それが、いちばんしあわせだったように思う。
 もしこの人がいなかったら、とか、オレがここにいなかったら、とか。そういった無駄に散らばって拾いきれない可能性を考えられることはしあわせだと思う。自分と他人の境界は無くすことができないのだとわかって、不安の存在に、とても安堵する。元希さんはどこまでいっても元希さんという名前をした生き物で、元希さん相手に必死に手を伸ばして間接的にでもいいからと繋がろうとするオレは、どこまでも隆也でしかないのだと知ることができたから。線引きは必要だった。距離を知ることが出来たから。個人を知ることが、出来ていたから。わからないことは痛いことよりもこわいものだ。だから、今のあんたがオレはこわい。

 どんな人だったの、そう聞かれても、答えなんてひとつしかない。最低だよ。先を尖らせた思いが跳ね返って、胸に刺さってちくりと疼く。嘘じゃない。嘘じゃないけど、少しだけ、苦しい。悔しくて嬉しくて悲しくてどうしようもなかった昔を思い出すと、汗と涙が混じったような、苦くてしょっぱくてぐちゃぐちゃした汚い気持ちで一杯になる。投げて貰った。勝たせて貰った。頭を撫でて褒めて貰えた。酷くされたけど、裏切られたけど、たくさんたくさん泣いたけど、子供染みた喜びと二人で分けあった感情を、いつまでも忘れることが出来ない。


「榛名は、最低だよ」


 だから今、憎しみに焼ける喉と怒りに焦げ付く声音が、こんなに苦くてたまらないんです(嗚呼だけど、こんな気持ちすらどうせオレだけのものなんでしょう、元希さん)(二年前のあの日に、大事なカケラを置いて来た)

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