つめたい月@グレン


 晴れ渡った夜空に月が明るい。
 今宵の満月は一際大きくて、怖いくらいにきれいだ。銀盤から滴る月光は音もなく降り注いで、中庭を青白く浮かび上がらせている。世俗から切り離されたかのように幻想的な空間に、僕と姫は二人きりでいた。
「随分冷えてきました。もう城に入りましょう、姫」
 もうかなり長い間、僕と姫はこうやって真冬の月を眺めていた。なかなか帰ってこない姫を心配して、女官の方々がやきもきしているに違いない。
「わたしまだ寒くないわ」
「だめです。寒いと思った時、体はもう冷えているんですから。お風邪を召されては大変です」
 こんな会話をしている間にも、どんどん寒くなっていくのが実感出来る。運動もしないで野外に佇むには辛い季節だ。
「でももう少しグレンと月を見ていたい。今日は特別きれいなんですもの」
 姫がじっと僕を見た。僕はこの目に弱くて、じゃあ少しだけと頷いてしまいそうになるのをぐっと堪える。だめだだめだ、今時期の風邪はしつこくて、なかなか咳が取れないんだから。
 姫は無言でじっと僕を見つめている。負けまいと唇を結んだタイミングに合わせるように、姫が不意ににっこり微笑んだ。
 あ、まずい。姫がこんな笑顔を見せた後のやりとりは、大抵僕が折れることで決着するんだ。今日は負けないように十分注意して、早く城に戻っていただかないと。
「だったら、体が冷えないようにすればいいのね」
「え?」
 姫は戸惑う僕の手を取った。くるりと反転して背中から寄りかかりつつ、僕の右手と左手を腹の前で組み合わせる。結果僕は、背後から姫を抱き締める形となった。
「ななな何ですか?」
 慌てる僕の腕を逃がさないようにしながら、姫がくすくすと笑う。
「こうしていれば大丈夫。あなたもわたしも風邪を引かないわ」
 確かに温め合うには一番の方法だけど。でもこういうのは雪山の遭難などで他に手立てがない時で、いやいやそういう問題でもなくて……。
「ねえグレン、ここだけは別世界みたいに暖かいと思わない?」
 確かに姫の言う通り、二人で寄り添う空間に冷たい風は吹き込んでこない。触れ合う部分から伝わる温もりには抗い難い魅力があって、僕はもう、白旗を揚げるしかなかった。
 結局今回も僕の完敗だ。僕達はしばらく無言で、冷たい冬の月に見入った。



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