【裸のクリノッペ】


それは326が夏美を招待して、夏美から冬樹そして隊長へとやってきた。そんで隊長から小隊員に広まったという訳だ。

なんの話しかって……?
最近人気の携帯ゲームの話さ。


「あれー? 伍長さんのクリノッペってなんだか味気ないですねぇ」
「ほんとほんと。ギロロ~世間じゃ

今、ハロウィン真っ盛りでありますよ。いつまでも素っ裸じゃギロロのクリノッペも可哀相でありますよ」
「………………」

そう言われて、ギロロ先輩は嫌な顔をして自分の携帯電話を隠した。
馬鹿だねぇ。
隠したところで、クリノッペはどこの端末からも見る事ができるんだから意味ないってぇの。

「もし、Gが足りなくてガチャできないなら、僕からももっちに頼んで親衛隊の誰かを紹介させるですぅ」

タママがはしゃいで言った。
そう、このゲームでいろいろ着せ変えたり特別な何かをしようとすると銭代わりの『G』ってやつが必要なんだ。
そしてその『G』を手に入れる手っ取り早い方法は、誰かをこのゲームに登録させること。
事実、タママは冬樹→桃華って感じで桃華から紹介されて、その後は桃華の伝手で親衛隊員どもを引っぱり込んで『G』には事欠かないで遊んでいる


隊長なんかもそのおこぼれに預かって、アバターを着せ変えたり色々な装備を買ったりとヤリタイ放題だ。

だけど、ギロロ先輩は首を横に振った。

「いや……俺はいい………」
「なんでですぅ? 可愛いですよ、ハロウィン」

タママが得意げに見せる携帯のクリノッペは確かに、背景といい衣裳といい持ち物といい、全てがハロウィン仕様になっている。
これだけ揃えるにはさぞかし『G』を使ったことだろう。

「いいったら、いいんだ!」

ギロロ先輩は声を荒げて軍曹ルームを出て行ってしまった。
後には「頑固オヤジ」「ヒトがせっかく親切に…」なんていう、隊長と二等の声が響いた。


ところで、俺様は表向きはこのゲームには参加していない。
『表向き』っていうのは『クルル』としては参加してないってそういうことだぜ?
326が俺を誘ってきて一応登録はしたけど、326も他の小隊メンバーも『ともだち』登録してないし、名前もまったくの偽名だ。
それどころか俺のプロフィールはこうだ。
『KIKO・24才・女性・未婚・神奈川県在住。社会人も二年目。やっと会社にも慣れた所です。趣味は映画鑑賞とドライブ。お友達になってくださ

い』
名前の『KIKO』は漢字で書けば黄子だ。
そんな別人になりすまして、俺はギロロ先輩に近づいた。

手始めにハコニワのネジを巻いて、コメントを残す。
『スミレの種をありがとう。お礼のネジ巻きです♪』とかなんとか。
律儀な先輩の事だから、そうするとこちらのハコニワにも訪問してネジを巻いてくれる。初めは先輩からのコメントは皆無だった。でも、毎日訪問し

てネジ巻き→コメントを繰り返していると気を許したのか『いつもありがとう』とかコメントをくれる様になった。
つっこんだ話をするわけじゃない。
ただ、毎日毎日同じぐらいの時間にアクセスしては『おはようございます』『今日は少し寒いですね』『会社が憂鬱』とかやってただけだ。
するといつの間にか『おはよう』『寒いのは暑いよりはマシだ』『仕事頑張れ』なんてこちらを気づかうようなレスポンスをするようになる。
あの朴念仁の先輩がどんな気持ちで『24才・女性』にこんなコメントをしてんのかと思いながら、俺はニヤニヤしていた。

で、件のクリノッペだ。
こいつはバーチャルペットみたいなもんで、いわく『インドの山奥で発見された手のひらサイズの謎の生き物』なんだとさ。こいつに餌をやったり風

呂に入れたりして世話をして、踊りを憶えさせる。憶えたダンスでレベルが変わって行くらしい。
こいつはもともと素っ裸で、本来は目鼻も描いてないけどいろいろなコスプレをさせることで、オリジナリティを出せるというもの。
タママや隊長は夏には水着、秋には月見のうさぎ……等などいろいろ着せ変えて楽しんでいる。
もちろん『KIKO』が飼っている『AKO(赤子)』もそこそこ流行を考えて、かつらをかぶせたりしてるんだぜぇ。
だけど、先輩のクリノッペ『MODOKI』は、何ヶ月経っても裸ン坊で頭もつるつる。それに、よく餓えてじいさんみたいなよぼよぼの姿になって

たりする。
その度に俺は飴ちゃんをやったりして、『MODOKI』を窮地から救って来た。
壁紙をたまにかえたりするので、放置…というわけではなさそうだけど、あまり関心がないのかもしれない。

ハコニワのネジ巻きと共に、先輩のクリノッペをつっつくのは俺様の日課だ。
今日もつっ突きに行ったら、案の定『MODOKI』は腹ぺこで、どんよりしていた。

俺はつっつきコメントを残す。

『おはようのつっつきです♪ MODOKIちゃんにご飯ご飯(汗)』


そうしたらすぐに俺の『AKO』につっつきコメントが入った。

『おはよう、つっつきありがとう。腹ぺこなのを観察していた』だと。

もしかして、先輩は意外とサドっけがあるんだろうか? バーチャルとはいえ、ペットが餓えるのを見てるなんて……。

ギロロ先輩がどんな風にクリノッペに接しているのか知りたくなって、俺はテントに仕掛けたカメラで先輩の手元をよく見た。
先輩はかなりの時間、携帯電話をいじっているようだ。
そして、その時間の大半をクリノッペの部屋を見る事に費やしているのを知った。

(じゃあ、なんであんなに毎日餓えてんだよ?先輩の『MODOKI』はよ?)

先輩は運動をさせたり、ダンススクールに入れたりして、日々クリノッペの鍛練に余念がないようだった。
ハコニワにただ均等に花を並べて植えているのとは違い、きちんとクリノッペの育成には手を掛けているようだ。
だがそれからも『MODOKI』の餓えた姿は何度も目撃された。

それを不思議に思ったのは俺だけじゃなかったようだ。次の会議の後、隊長がギロロ先輩に直に聞いていた。

「ギロロ~ なんでおたくのクリノッペはいっつもいっつもハラヘリなのよ? いつ行っても“うへぇ”って顔してんよ?」
「……放っておけ」

そして追い討ちをかける様に、タママが。

「あ、僕も感じたですぅ。見る度にハラヘリですよ? お世話してあげてますか?」
「……ちゃ、ちゃんと世話しとるわっ!!」

そう言って、先輩は椅子を蹴飛ばし会議室から出て行ってしまった。
なんかそこまでムキになるのは怪しいと睨んで、俺は『KIKO』として先輩に接触した。

『晩のつっつきです♪『MODOKI』ちゃんはどうしてコスプレしないんですか?』

間髪置かずに先輩からコメントが入る。

『つっつきのお返しだ コスプレは好きじゃない』

そうか、嫌いなんだなコスプレが。

『でも、着せ替えしないと個性がでないですよ? つんつん』

先輩からの返信。

『俺はこれが好きだからいいんだ! つん』

『他のゲームで使ってGがないの? つんつん』

『服を着せたくないだけだ。つん』

『着せたら可愛いとおもいますよぉ・ つんつん♪』

ここまでしつこくしたら怒り出すかと思ったが、先輩はネット上だけの付き合いの『24才・女性』にはそれ程怒ったりはしなかった。
律儀に返事を返す。

『可愛いかもしれないが、俺は黄色いままがいいと思う』


そこまでやり取りをして、俺は携帯の通信を切った。
なんとなく先輩の腹が読めたからだ。
もしかして、先輩がクリノッペにコスプレしない理由っていうのは、それは―――――。

俺は真直ぐ自分の椅子を射出して、地上の先輩の

テント脇に飛び出しいきなり戸布を開いた。
先輩は携帯電話を握ったまま、ぎょっとした顔で振り向いた。

「なっ…なななんだ! いきなりっ!!」
「おっと…! それ見せてもらうぜ」
「わっ! よせっ!」

そこには見慣れた黄色いクリノッペが踊っていた。

「もしかして、先輩こいつに服を着せねぇのは黄色いからか…?」
「!」

瞬時に燃え上がる赤い顔。

「服を着せちまったら黄色じゃなくなるもんな」
「!!!」

無言の肯定。
俺は先輩の携帯電話

を放り出して、赤い身体にダイブした。


    ◇◆◇◆◇◆◇◆


「似てるな…と思ったら、気になってしまってな……」

寝袋に並んで寝そべって、

先輩がぼそぼそと話しだした。

「……まあ、色はともかく俺様はあんなにちんちくりんじゃあねぇぜ?」
「…そうかな? 尻がピコピコ動くトコといい、なんとなく緩慢な動きといい、貴様にそっくりだ」
「………ひでー………」

そうだ、それだけじゃなくそんなに気になってるんだったら、なんであいつがよく腹を空かしていたのか…。俺はその疑問をぶつけた。

「………スマン…ヘタレてる姿の方が、より貴様に似ていると思っていた」
「まったくもって、ひでーな………」

先輩は腹が減ってよぼよしてる姿が俺にだぶって、そんで“観察”という行為に繋がっていたというのだ。
俺がブツブツ文句を呟いていたら、先輩が不思議そうな顔でこちらを向いた。

「…そういえば、貴様はグリーに参加してなかったのではないか……? なんで俺のクリノッペの事を知ってるんだ」
「あ」

しまった。
俺は表向きは『KIKO・24才・女性』なのだった。
先輩はいつの間にかあぐらをかいて腕組み

してる。俺は背中に汗をだらだらかきながら、ポケットに手を突っ込んで自分の携帯電話を握りしめた。



END




自分も密かに、『クリノッペは裸が一番』と
思っています。頭にはなにか被っても、身体はなるべく裸をキープしたりして。
そんな『クリノッペは裸が一番』という主張を伍長に代弁して

頂きました。
面白い企画に参加できて楽しかったです。

発 行/2009年10月18日


追記/
イベントで参加したペーパー用の文章でした。
当時、仲間内でGreeという携帯ゲームに嵌っていました。
クリノッペはその中の育成型ゲームで、黄色くて丸い頭がラブリーです。
スマホではなく携帯というところが、時代を表していますね。



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