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TALES OF THE ABYSS -- Synch/Arietta
GYAKUTEN SAIBAN -- Mitsurugi/Harumi











" Can you hear my voice? "








 桜色の髪が、ふわふわとどこかへ飛んでいく。飛んでいく、――わけがなかった。風も吹かない、ここは室内だと云うのに。
 きちんと見れば予想どおり、ながい髪の根もとには少女の横顔があって、その顔は、必死に奥歯を喰いしばっていた。とてもじゃあないけど、だいすきなひとに会いに行こうとする娘の顔には見えない。その表情を見てると、無性にいらいらとするのだ。
 ぼくは彼女のそのながい髪をひっつかんで、――ぐい、と引っぱってやった。「ひゃあっ、」とみっともない声をだしながら、こちらをふり向く。その目ざしには、ほんのすこしだけ泪がにじんでいた。

「なにするですか、シンク!」

 反射的に、普通のおんなのこみたいに、乱れたながい髪をととのえる。そんな仕種、彼女にはちっとも似あっていないと云うのに。

「最初からそんな顔するならやめとけばいいよ。どうせ、今日も行ったって追いはらわれるだけさ」
「………………」

 云えば、途方に暮れた子どもみたいにうつむき、唇を噛む。
 彼女はもうしばらく”導師イオン”に出あえていない。つい先日までは毎日を、たとえば父子のように兄妹のように、あるいは夫婦のように、いっしょにすごしていたと云うのに。突然守護役を解任されて、そこからは、彼の体調不良を理由に面会謝絶の状態だった。
 きっとこのまま、ほんものの”導師イオン”は死んでしまうだろう。
 いちばん大切にしていた、そうして大切にしてくれた彼女に、なにひとつ、真実を告げないまま。

「……それでも、」

 もともと垂れさがり気味だった目もとに、ますます急勾配をかけて、眉根をよせながら。――ああ、どうしてそんなにかなしげなくせに。

「それでもアリエッタ、イオンさまに会いたいっ……!」

 どうしても彼女は、全身全霊で、そんな希みばかりを口にするのだ。
 さけぶや否や、踵をかえして、ぱたぱたと靴音を遠のかせる。彼女の背中が完全に見えなくなると、ぼくは肩をすくめて、ため息を吐いた。
 どうせかなしませるなら、真実を告げてしまえばいいのに。いっそ告げてしまおうかとも思う。知ったら彼女はどんな表情をするんだろうか。いまよりすこしはましな顔になってくれるだろうか。


 けれども、――考えていたってむなしい。どれだけ真実を口にしたって、彼女はぼくの言葉なんて、これっぽっちも信じちゃくれないんだ。





×××





 書斎とリビングとをつなぐ扉のすき間から、ひょろりとのびた一本の糸。こちらへ向かってのびる、そのさきには、まっしろな紙コップがひとつ。
 もの云わず、けれどもなぜだか人間の耳を連想させて落ちつかない。その存在に、御剣は目ざしを落としては、――ふう、と、息を吐いた。
 最近事務所の周囲がぶっそうだから、と、友人がたずねてきたのが三十分ほどまえ。ひとりで留守番させておくのが心配なんだ、と、彼と彼の助手の用事が終わるまで、あずかることになってしまった。次の裁判のために必要だと云う行き先をきけば、たしかに小学生を連れて行けるような場所ではない。御剣は夕刻までなら、と云うことで快諾したつもりだった。が、あずけられた少女は、少少心ぐるしく思っていたらしい。

 ――「わたくしはおとなりの部屋でおとなしくしていますから。どうぞみつるぎ検事さんは、お仕事に集中なさってください」

 ふたりきりになるや否や告げられ、御剣は内心苦笑をうかべた。おさなさのわりに聡い少女は、御剣が多忙な人間であることを、きちんと理解している。
 だからこそ御剣は、彼女の気づかいを遠慮なく受け容れることにした。ただ、なにか用ができたら遠慮せずよぶように、とだけ念を押した。すると少女は嬉嬉とした様子で、いいものがあります、と、ポシェットからとり出したものを、書斎に置いていってしまった。
 それが扉の手まえにころがっている、糸電話だ。
 用事があるときはこれでお話を、と云った少女は、内線電話を模したつもりのようだったけれど、なにしろよび鈴が鳴らない。ぴんと糸を張っていなければ通話ができないし、だからと云って、片手をふさがれていれば仕事がすすまない。
 けれども名案、とばかりににっこりわらう少女になにも云うことができず、まっしろな紙コップは、つやつやのフローリングのうえにころがったままだ。
 御剣はそれに、ちらり、ちらりとぬすみ見るような視線送りながら、机上の作業をすすめている。

「ム、」

 やがて、向こうの部屋からのびていた糸が、かすかにうごいた。
 御剣はその瞬間を見のがさず、紙コップを耳もとにあてて、ぴんと糸をのばしてみた。

「…………春美くん?」

 どこか気恥ずかしいような心地にとらわれながら、御剣は隣の部屋の少女をよんでみる。それから紙コップを、今度は耳にあてて返事を待つ。

『すばらしいタイミングです!わたくし、みつるぎ検事さんとお話したいことができたところで、……』

 糸をふるわせ届けられた声には、おどろきとよろこびが入り混じってきこえた。おそらく彼女も、あとで糸電話の盲点に気づいたにちがいない。けれどもそれを云えずに、いままでどうしようかと考えていたかもしれない。
 その姿を思いうかべれば、どうにもほほ笑ましく感じられて。


 ――なんだろうか、と、糸電話ごしにたずねて返した。御剣の唇に、ちいさく笑みがうかびあがった。










***

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