喧嘩


  Side Suirin

 連斗と喧嘩してしまった。一昨日からずっと口をきいていない。
 少し寂しいが、絶対に私から謝るつもりはない。悪いのは連斗の方だ。
 私があれ程言っておるのに、また屋上で煙草を吸っておったので忠告をしたのだが、あの者はこともあろうに、煙草を吸ったその口を私に押しつけ煙を口移しで送り込んで来たのだ。
 体に悪いと注意している者相手に、その煙を送り込むなど言語道断だ。私はあの者の頬を思いっきり払って絶交を申し渡した。当然であろう? 私は何も悪いことはしておらぬ。
 だが、頬を払った時の連斗の表情が瞼の裏に焼き付いて離れぬのだ。ひどく傷付いておるような顔をしておった。少し赤くなっておっただけで、別段腫れているようにも見えなかったが、それ程に痛かったのだろうか?
 それだけでも聞きたくて、何度もあの者の方を伺ったのだが、あの者は私の顔を見るなりわざとらしく目線を逸らすのだ。絶交と言い渡したのだから、当然といえば当然だが・・・。
 ええぇい。私は悪くないのだ。あの者がそのつもりならそれでよいではないか。頬とてもう赤くもなっておらぬし、別に気にすることでもあるまい。
 とにかく連斗の方から謝って来ぬ限り、私から退くつもりはないからな。


  Side Rento

 水鈴と喧嘩した。
 俺が屋上で煙草をやってたら、水鈴がまたお小言をかまして来た。俺にとって煙草なんてもうどうでもよかったが、こいつが心配してくれるのが何となく嬉しくて、つい止められないでいる。一生懸命俺を説き伏せようとする水鈴が不意に可愛くなって、俺は煩い口をキスで塞いだ。
 男相手に変といえば変だけど、こいつ相手だと全然違和感なくできちまう。何ていうか、男って感じがしねぇんだよな、水鈴って。
 しばらくあいつの唇を味わっていると、水鈴が俺のほっぺたをひっぱたいた。
 顔を離すと、水鈴は物凄い形相で俺を睨んでいて、戸惑う俺を怒鳴りつけた。
「何をするのだ!? それ程までに私が嫌いか?
煩く言ったのは悪かったかもしれぬが、それもそなたを思ってのことだったのだ。だが、安心するがよい。もう何も言うことはない。そなたとは二度と口をきかぬからなっ」
水鈴はそれだけ言い切ると、俺に背を向けて屋上から出て行った。
 二度と口聞かないだって? 何でキスごときで絶交切られなきゃなんないんだよ!? そりゃ、男にキスなんかした俺も悪いかもしれねぇけど、だからって『私が嫌いか?』はねぇだろっ。嫌いな奴にキスなんてしねぇっての。俺を嫌がらせでキスなんかするような奴だと思ってたのか、あいつは。
 そんな風に思われていたことがショックで、俺は未だにあいつと目を合わせられない。
 たまに水鈴がこっちを伺ってたけど、無視してやった。向こうから絶交切ってきたんだ。俺から話しかけたりなんか、絶対しないからな。
 俺はそう心に固く誓いつつも、胸に穴が開いたような喪失感を抱いていた。


  Side Koyuki

 連斗と水鈴が喧嘩した。
何か些細な勘違いが原因みたいなんだけど、お互い意地を張ってずっと絶交してる。
 両方とも相手を気にしてるのがバレバレなのに、それでもずっと気付かないふりをつづけてる。
 ホント、男って馬鹿よね。そんな寂しくて仕方ないって表情でいるぐらいなら、意地なんか張らないでさっさと謝っちゃえばいいのに。連斗はともかく、水鈴はもうちょっと大人だと思ってたんだけど。
 まあ、このままだと三人で帰れなくて、私も寂しいし、この小雪さんが人肌脱いであげようじゃないの。


  No side

 「水鈴、連斗が階段から落ちて怪我したみたい!! 今保健室にいるから」
小雪にそう言われて、水鈴は何も考えずに保健室に向かって駆けだした。連斗とは絶交中だったが、そんなことは言ってられない。とにかく心配で仕方がなかった。
 廊下を歩く人々を半ば蹴散らしながら走っていく水鈴を見送った小雪は、そのまま屋上にいる連斗の元に急いだ。


 水鈴が息も絶え絶えで保健室に辿り着くと、そこに同じように肩で息をした連斗が駆け込んできた。
「「そなた(お前)怪我は!?」」
目があった途端、二人の声が見事に重なる。
 「なぜそなたが走ってくるのだ? 怪我は大丈夫なのか?」
「それはこっちの台詞だっての。お前が怪我したって小雪が言うから、慌てて来たってのに、元気そうじゃねぇか」
「は? 私もそなたが怪我をしたと小雪から聞いて・・・」
 そこまで言って二人同時に気付く。
 「なるほど、二人して小雪に謀られたわけだな」
「あんの風紀委員、嘗めた真似してくれやがって・・。いらねぇ心配しちまったじゃねぇか」
 心配、してくれたのか・・。連斗のその言葉に、水鈴は心につっかえていたものが、すっと落ちていくのを感じた。
 「小雪には感謝せねばならぬな」
「あ?」
何でだと聞き返す連斗に、水鈴はすっと右手を差し出した。
「連斗、仲直りしよう。私はそなたと話せぬ間、ひどく寂しい思いをした」
そう言って照れたように微笑む水鈴に、連斗も顔を赤くする。
「ああ。くだんねぇことでいつまでも喧嘩するのも馬鹿みてぇだしな。それに・・・俺も少し寂しかった」
最後の方はもごもごと口の中で言われ、ほとんど声になっていなかったが、それでも連斗は水鈴の右手をしっかりと握り返した。


 その日、水鈴と連斗は小雪を間に挟んで、仲良く三人並んで帰路についたのだった。





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